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明りのない洞くつの中ではこちらが不利だ。
「……っ!」
手のひらに集めた魔力を洞くつ内に放ち、たいまつ代わりにと、光を灯らせる。だが、これは時間が経てば消えてしまうため、それまでに片をつけなければならない。いくら、聖女で魔力が有り余っているからといって、魔力の無駄遣いは極力避けたい。
洞くつ内が明るくなったことにより、大蛇の姿がより鮮明に映し出される。
(矢っ張り、大きすぎる!)
天井ぎりぎりまでその首を伸し、長い舌をシュルシュルと伸ばし、赤い瞳を爛々と輝かせていた。その瞳に睨まれるだけでも身震いしてしまう。
先ほどまでは姿形すら認識できずに恐怖していたが、その姿がはっきり見えるようになったことでまた、さらに恐怖が芽生えた。みなきゃ良かったとは、このことだ。
私は、先に逃がしたブライトは大丈夫だったかと、自分の心配よりもブライトの心配をしている。先ほどまでは、自分は薄情な奴だと思っていたが、良心が残っているようだった。とはいえ、ブライトが皇宮のリュシオルが寝ている部屋にたどり着くまでに出血多量で死んでしまったら元も子もない。ブライトがどれぐらいの攻撃を受けて、どれぐらいの怪我を負っているか、あの暗闇の中では分からなかった。だけど、攻略キャラだから大丈夫と、何処か安心している面もあって、複雑だった。
ブライトなら大丈夫。
リュシオルもきっと助かる。
そんな根拠のない地震ばかりが膨らんでいた。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて、私は自分の身の安全をようやく戻ってきた意識が危険信号をならした。
(まず、自分の身のことを心配しなさいって感じよね……)
少しかっこつけた部分もあった。ブライトを逃がす、出来る聖女感を何処かでアピールしたかったのかも知れない。かといって、今現在、こんな状況じゃ格好がつかないわけである。
私は、魔力を集め白い剣を生成した。光の剣といえば、聞こえがいいが、この間アルベドがやったのを見よう見まねで作ったものなので、耐久力は良くないかも知れない。元々、作れなかったわけではないが、アルベドのをみて、その耐久性や鋭さに感心した。彼だからこそ作れたものなのかも知れないし、そもそもに、闇魔法と光魔法では全くタイプが違うので、殺傷性の強い武器が出来るのは必然的なのだ。
「うわあっ!」
そんなことを考えているうちに、大蛇はその大きな尻尾を振り下ろし、私はそれを間一髪で避ける。もし当たっていたら、今頃ぺしゃんこだっただろう。大蛇が尻尾を振り下ろした地面はクレーターのようにえぐれており、その威力が伺えた。なんであんなに大きな身体で、素早い攻撃が出来るのだろうか。
(若しくは、元々の性能に加えて、闇の中だから?)
負の感情によってさらに肥大化したと考えるのなら、説明はつく。この大蛇は、おそらくそういった要因で大きくなったのだと考える。だったとしたら凄く厄介だ。本当に一人で倒せるのだろうか。
(無理無理無理無理無理無理無理ッ!)
倒せるわけがないでしょ。数ヶ月前まではただのオタクだったんだよ?
私は、光の剣を大蛇に向かって投げつけた。カキンッと音を立てて、剣は弾かれ、地面にぶつかると粒子となって消滅した。私は、その隙に光の弓矢を生成し、矢を大蛇に向かって射る。今度は、しっかりと大蛇の身体に命中したが、全く効いていないようで、大蛇は、もう一度尻尾で攻撃をしてきた。
「ひぃいっ!」
その攻撃もまた何とか間一髪で避ける。だが、今度は石に躓き、こけてしまう。擦り剥いたところがまた下になって、傷口に塩を塗り込むようにひりひりと痛む。
(大蛇に攻撃が全然効いていない。鱗が、分厚すぎる)
普通なら、光魔法の攻撃は、闇魔法に効果抜群のはずなのに、それが効いていないのは、きっと大蛇の鱗が分厚いからだと。このままでは、こちらの体力が消耗するだけで、何の解決にもならない。
どうすれば……
そう思っていると、大蛇の口から紫色の液体が漏れ出ていることに気付く。そして、私に向けて、勢いよく吐き出された。
「……あッ!」
咄嵯に防御壁を張ったが、それもすぐに破られ、私の腕にべっとりと紫の液体がついた。それを見て、私は戦慄した。
特殊な素材で作られている戦闘用のドレスがいとも簡単にドロドロと溶け出してしまったのだから。また新調してもらわないとと思いつつ、肌に直接触れなくて良かったとも安心している。あんな液体が肌にかかってしまったら、それこそ命は無いものだと思う。
だが、それほど強力な毒を持っていることに私は恐怖を感じ、足がすくんだ。
初めはただ大きいだけだと思っていたが、毒まで強力ともなると太刀打ちできないかもしれない。こちらの攻撃は通らないし、向こうの攻撃は一撃でも喰らうと致命的になる。
蛇に睨まれた蛙ってこういう気持ちなのかな。
そんなことを思いながら、私はへたりとその場に座り込んでしまう。
大蛇は、私が怯えているのを悟ったのか、ゆっくりと近づいてくる。
怖い、怖い、でも、立ち上がらないとやられる。
そう思っていると、目の前に憎たらしいウィンドウが現われた。
「何よ、こんな時に……」
今更。という感じだった。
【クエスト:大蛇を討伐しよう!】
シンプルな内容だった。だが、お助けアイテムの一つもない状況でどうしろというのだと。
クリア報酬は攻略キャラ一人の好感度だった。もし、倒せなかった場合は、攻略キャラが助けに来るとも書いてある。
(何それ、初めから倒せなかったって事?)
それはどうか分からないが、このクエストが今でたと言うことは、ブライトが離脱するのは必然だったと言うことだ。私が意図的に転移させたのではなく、全て仕組まれていたことだと。ゲームの中で踊らされている感じがあって、余計に腹が立った。だからといってどうすることも出来ないため私は歯を食いしばるしかない。
倒せなくても、他の攻略キャラが助けに来るならこのままでもいいのではないかと一瞬思ってしまった。だが、それはどんな状態かは分からない。私がボロボロになってから登場するのかも知れないし、今登場するのかも知れない。だけど、ボロボロになってから現われても困るのだ。
時既に遅しみたいな。
私は、そんなの当てにならないと立ち上がり、もう一度手に魔力を集め、白い剣を生成する。
恐怖ですくんでいるのに、魔力は一定に保たれている。感情が揺れ動いているはずなのに、何処か冷静でいられるのは何でだろうか。
「やるしかない」
私は、光の剣を大蛇に向ける。
ここで、諦めたら私は死ぬだろう。
きっと、多分。いや、絶対。
大蛇は私を殺すつもりだ。
ならば、その殺意には応えてあげないといけないと思った。大蛇は、私のその姿を見て、大きく口を開ける。
その瞬間、私は光の剣を投げ、大蛇の口を目掛けて投げた。大蛇はそれをその牙で噛み砕き、速度を落とさずこちらへ突進してくる。赤い目だけが暗闇の中で爛々と光っているのが恐ろしかった。
私は次の魔法をと魔力を集めるが、間に合わないとさとる。
それでも、頭は諦めきれずに、魔法を使おうとする。
だが、それよりも先に大蛇の大きな尻尾が振り下ろされる。
私は、それをスローモーションのように見ていた。走馬灯というものだろうか。
ああ、これで終わりなんだと悟った。
目を瞑り、衝撃に備える。だが、その瞬間「エトワール!」と私の名前を叫ぶ声が聞えた。男の人の声。誰かまでは、頭と耳が追いつかなくて分からない。私は、咄嗟に身をかがめた。きっと、これがクエストにあった攻略キャラの登場なのだとさとる。
私が、クエストをクリアできなかったから。クエスト報酬はゼロだろう。その代りに、攻略キャラの助けが……
(けど、一体誰? リース? ブライトではないだろうし……)
そんなことを考えていると、私の目の前で紫色の液体が飛び散った。それは、先ほどの毒ではなく、大蛇の血のようで、ドサリと大きな頭が地面へと落ちる。
あの大蛇を一瞬で。
「………ぁ」
あまりの光景に言葉を失っていると、コツ、コツ……と足音がこちらに向かってくるのが分かった。
一体誰だろう。そう思って私は顔を上げる。
「え? 何で、アンタがここに?」
そこにいたのは、意外な人物だった。