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それとも、この奇妙な光景の中に取り込まれてしまったのか────。
「あらあら、今日は本当に変ねぇ。熱でもあるんじゃないの? ちょっと座って休みなさい」
母は私の手を取り、強引に居間の椅子へ導こうとする。
その指先から伝わる温もりが、あまりにも心地よく、優しくて──
それが、なおさら私の神経を逆撫でする。
吐き気がするほど不気味だった。
父・ブロンクスが唱えたユニーク魔法『白昼夢《デイドリーム・ハッピーエンド》』。
つまりこれは現実ではない。
私の精神の隙間に滑り込み
私が最も望んだ光景を見せつけて動きを止める、甘美で狡猾な欺瞞の牢獄。
「……お母さん」
私は母の手を優しく、しかし確固とした拒絶の意志を持って振り解いた。
「ごめんなさい。これは……夢なのよ。悪い魔法がかかってるみたい」
「魔法? 夢? 何を言っているの、エカテリーナ」
母の顔に、見慣れた戸惑いの色が浮かぶ。
その表情を見るだけで、胸が張り裂けそうになる。
けれど、私は立ち止まるわけにはいかない。
「私にはやらなければならないことがあるの。行かなくちゃ」
「行くって…どこへ? また、私を一人にするの? 夫のように……」
その言葉が、私の心臓を凍りつかせた。
死に際に見た母の顔が脳裏にフラッシュバックし、目の前で穏やかに微笑む母の姿と重なる。
息が止まった気がした。
血の気の引いた青白い頬。
二度と光を映さない、開いたままの虚ろな瞳。
震える唇から漏れた、かすれた最期の言葉。
それが今、幸せそうに笑うこの「母」の顔に、呪いのように焼き付いている。
喉の奥から何かがせり上がり、目の奥が熱くなった。
違う。これは違う。
私の求めていた母じゃない。
こんな歪な形で蘇ってほしいわけじゃない
「……お母さん」
声が震えた。
私は一歩後ずさり、拳を強く握りしめる。
爪が掌に食い込む痛みだけが、これが夢だという事実を辛うじて繋ぎ止めていた。
「ねえ、また……私を置いていくの?」
母の声が細く途切れ、彼女の瞳に深い悲しみの影が落ちる。
その表情は、その声は、あまりにもリアルで、私の決意を激しく揺さぶった。
───あのときと同じだ。
病床で、何度も何度も聞いた言葉。
死にゆく母を前にして
無力な子供でしかなかった自分への呵責が、どす黒い濁流となって蘇る。
だが、ここは現実じゃない。
父が作り出した、幸福という名の檻だ。
母の冷たくなった亡骸を抱きしめた、あの絶望的な冷たさこそが私の「真実」だ。
この温もりは、私を堕落させるための偽物に過ぎない。
「違う! これは夢よ……!」
自分自身に叩きつけるように叫び、私は大きく息を吸い込んだ。