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話のまとまり方がすごい綺麗で好きです。 ノベルだとなんだかいつもより想像しやすくなって良いですね!
私を見る彼の目には温度がない。
どんなに声をかけて、仲良くなろうと試みても、素っ気ない返事と無感情の眼差し。この前はしまいにため息もつかれてしまった。
彼は私を鬱陶しく思ってそのような態度を取っているのかもしれない。だとしたらそれは逆効果だ。
私は、彼の温度のない冷たいその視線に捕らえられて逃れられない、そんな感覚が好きでやまないから。
まるで地に接着剤で足を貼り付けられたかのように、その場から動けなくなるくらい、その瞳に見惚れてしまう。
はじめ、彼のその瞳を見た時に背中にゾクリと走った寒気。彼の瞳のように、その場の空気が冷えきった気がした。それからその瞳を2回、3回、と見ていくうちに、気づけば虜になっていた。
『ショッピくん、なんかいい匂いする』
「そうやって距離縮めてくるのやめてください。俺にそういうのは効果ないっすよ」
ほら、また。
私以外の人に見せる瞳は暖かいのに、私に向けるものだけこんなにも冷たい。他の人だったら悲しむかもしれないけど、私からしたらありがとうございます!でしかない。
『ショッピくん、甘い匂いするシャンプー使ってる?髪、いい匂い』
「さぁ、実家で使ってたものそのまま使ってるんで母親がこういうの好みなんじゃないですか」
『ふぅん、』
「ちょ、首裏弱いんで触るのやめてくださいっ」
あれっ、何その顔
擽ったさに悶えた彼の表情は、初めて見るもので。少し温度のある、柔らかな顔。なんか、彼の素の表情みたいな。
もうとっくに彼の目はいつもの冷たい目に戻っているのに、焼き付いて離れないさっきの表情に、心臓がきゅぅ、と苦しくなる。
『(そんな顔するなんて、聞いてない)』
気づきたくなかった。こんな感情。
何十年間生きてきて、未だはっきりと感じたことのなかった耐性のついていない感情がじわじわ、言うことを聞かないで込み上げてくる。
私は、彼の温度の無い目が好きなんじゃなかった。”彼”自体が好きだったんだ。
今まで恋バナは聞く側だった。求められても、好きな人なんかいないよ、って言って、それで終わりだった。珍しいのか分からないが、私は今まで誰かに恋心を抱くことがなかった。
友達がいないとか、人との関わりが苦手とか、そんなんじゃない。ただ、優しく接されても、”いい人だなあ”で終わって、それが恋心に変わる事がなかった。
だから、初めてのこの感情をどうしたらいいのか分からなかった。
もう、彼のその目付き目当てで接しようと思っても、違う感情が込み上げて来てまともに彼と会話ができない気がした。
「○○さん?」
『な、に。ショッピくん』
彼の目が見れない。
大好きだったはずの、彼の目が見れない。顔が上がらない。勘のいい彼にこの感情を見透かされてしまう気がして怖かった。
ただでさえ、私にだけ冷たく接してるんだから、拒絶されるに決まってる。そしたら、もう彼の声も、目も、姿も見れなくなっちゃう。
『(そんなの、嫌だ)』
「ずっと下向いてどうしました?体調悪いんですか、?」
『ううん、なんでもない。珍しいね、心配してくるなんて。』
「彼女が結構体弱くて。だから体調悪そうにしてる人見るとなんか余計に心配しちゃうんです」
『へ、彼女?』
「あれ、言ってませんでしたっけ。2年前くらいから付き合ってる彼女いるんすよ。」
初めて、真正面から彼の笑顔を見た。
目尻にシワを浮かべて、口角をにぃと上げて。
こんなに幸せそうに笑うなんて、知らなかった。知りたくもなかった。
『あ、わたし用事思い出した!またねショッピくん。彼女さんと、お幸せ、に』
笑顔で、彼に言えただろうか。
外に出ると、さっきまでの冷たくて、でもいつもよりはぬるめだった空気が幻だったかのような暑さが皮膚を刺す。
『(気づいたときには遅かったとか、寂しすぎでしょ、』
私だけが、この世界に1人だけ取り残されたかのような虚しさが強く押し寄せてくる。勿論、この失恋の感情も私は知らなかった。
彼からは、学ぶことが多すぎた。