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第三話:誘惑の密室と、決死のブラフ
「……サキュバス? なんだよそれ、アニメの見すぎじゃないか?」
俺はできる限り自然な呆れ顔を作り、鼻で笑ってみせた。心臓は喉から飛び出そうなほど鳴り響いていたが、ここで動揺を見せたら終わりだ。
「とぼけなくてもいいのよ、相沢くん」
白銀美咲は妖艶な笑みを深め、ゆっくりと距離を詰めてくる。
パサリと音を立てて、彼女の手から眼鏡が外され、教卓の上に置かれた。素顔になった彼女の瞳は妖しく紫色に輝き、背中の漆黒の翼が威嚇するように大きく広がる。
「他の男たちは、私の目を見ただけで思考を放棄して跪くわ。でも……君の瞳には、はっきりと『警戒』の色が浮かんでいる」
彼女の白くしなやかな指先が、俺の顎に触れた。
ゾクッ……!
指先が触れた瞬間、甘く痺れるような衝動が脳裏を突き抜ける。体質のおかげで完全に意識を乗っ取られはしないものの、全身の力が抜けそうになるほどの強烈な魅了(チャーム)の波だ。
「くっ……!」
「ふふ、やっぱり効きが悪いわね。普通の人間なら、もう私のお人形さんになっているはずなのに」
白銀さんは愛おしそうに俺の頬を撫で、顔を至近距離まで近づけてきた。吐息が唇に触れそうなほどの距離。吐息からは、人を狂わせる極上の甘い香りが漂っている。
「ねえ、教えて? 君は一体なにもの? 私たちの秘密を知って、どうするつもり?」
詰み(ツモ)だ。トボけ通すのは不可能な段階まで来ている。
だが、正体を認めて「助けてくれ」と乞うたところで、精気を絞り尽くされる未来しか見えない。
(どうする……考えろ、タカシ! 相手は悪魔だ。弱気を見せたら喰われる……!)
俺は腹を括った。奥歯を強く噛み締め、魅了の波を力ずくで押し返すと、彼女の瞳を真っ直ぐに見返した。
「知ったらどうする、だって?」
あえて不敵な笑みを浮かべ、俺は低く冷たい声を出した。
「……気づいていないとでも思ったのか? この学校の女子が『全員』、同類だってことに」
「……え?」
白銀さんの表情が、初めて微かに固まった。
「俺の家は代々、そっち系の『退治』を専門にしていてね。共学化の噂を聞いた時から、怪しいと思ってたんだよ」
もちろん真っ赤な嘘(ブラフ)だ。俺の家はただの売れない神社だし、俺自身に退治するような霊力や武器なんて一切ない。あるのは「魅了が効きにくい」という地味な耐性だけだ。
だが、ハッタリでも何でも使わなければ、今ここで食い殺される。
「俺がここで消えれば、すぐに外の『仲間』が動く。……この学校のサキュバス全員、一網打尽にされる覚悟はあるのか?」
俺は指先で彼女の額をカツンと軽く突いた。
「どうする、白銀美咲? 今ここで俺の精気を吸って全員道連れにするか……それとも、大人しく俺と『協定』を結ぶか?」
静寂が資料室を包み込む。
夕暮れの赤黒い光の中、俺とサキュバスの美少女は、互いの息遣いが聞こえる距離で見つめ合った。
一秒が、永遠のように長く感じられる。
やがて——
「……ふっ」
白銀さんの口元から、くすりと小さな笑いが漏れた。
「あははっ! すごい、すごいわ相沢くん! 私たちを脅すなんて……! 男子校の生徒にしておくには勿体ない度胸ね!」
彼女は翼とツノをすっと消し、教卓から眼鏡を拾って掛け直した。いつもの「清楚な眼鏡委員長」の姿に戻る。
「いいわ、その『協定』、乗ってあげる。ただし——」
白銀さんは俺の耳元に顔を寄せ、悪戯っぽく囁いた。
「他のサキュバスたちにバレないよう、私の『特別な獲物』として、毎日私の近くにいてもらうからね? ふふ、覚悟しておいて」
パチンと指を鳴らすと、密室の鍵が勝手に開いた。
命拾いをした安堵感で膝が抜けそうになりながらも、俺はサキュバスとの危険すぎる学園生活のスタートを、確かに踏み出したのだった。
コメント
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あー、面白かった!第3話、一気に読んじゃいましたよ。 相沢くんのブラフ、本当に肝が据わってるなあ。あの場面で「退治屋の家系」って真っ向からハッタリかます度胸、正直ゾクゾクしました。でもそれ以上に、白銀さんの「大人しく降りる」選択が意外で……「特別な獲物」って、彼女なりの興味が湧いたってことですよね。単なる捕食じゃなくて、知略で張り合える相手を初めて見つけた喜びみたいなものを感じました。 学校全体がサキュバスだって伏線も気になるし、この先どういう協定関係になっていくのか、すごく楽しみです!