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「……別れる時は、なるべくダメージのない方法で伝えてくれますか?」
それを聞き、私は昭和のコントみたいにずっこけそうになった。
「付き合う前から別れる時の事を考えたら駄目だよ」
「……でも、怖い」
私は今まで見た事がない、恵の強張った顔を見てキュンッと胸を撃ち抜かれた。
「可愛いっ!」
ギュッと恵を抱き締めると、「はいはい」と背中をポンポンされる。
涼さんは抱き合っている私と恵を見て、「ふむ……」と腕を組み顎に手をやる。
「恵ちゃんは思っているより、繊細さんなんだね」
それを聞き、恵はギクリと身を強張らせる。
「……め、面倒な女だと思いますよ。ほら、初めて付き合う女は重たいって言うじゃないですか。引き返すなら今ですよ」
恵は必死に、付き合わずに済む方法を見つけようとしている。
(涼さんに惹かれてるのは見え見えなのに……)
なんと言おうか迷っていると、涼さんはニコッと笑って言った。
「いいね。余計に燃える。傷付いて人間不信になっている仔猫を保護した気分だ。これから沢山お世話をして、フッカフカの美猫にできると思うと楽しみだ」
大物だ……!
……というか、私も尊さんにこんな事を言われたような気がする。
尊さんと付き合う前、私は昭人にフラれ、彼が結婚すると聞いてボロボロになっていた。
やけっぱちになって飲んでいたところを、尊さんにお持ち帰りされたわけで……。
私も恵も、ある意味似た者同士だったから、仲良くやれてきたんだと思う。
どこか傷付いて繊細な部分があるから、お互いの弱点を庇って慰め合える。そんな親友同士だった。
尊さんと付き合う前までは、『男なんて別にいなくてもいいよね』と親友二人で気ままにデートし、気兼ねない付き合いを楽しんでいた。
でも今、私は尊さんと付き合って大切にされ、愛情を掛けられて涼さんの言うフカフカの猫になった。
最近、恵がちょっと私に対して遠慮しているように思えたのは、『今まで通りには付き合えない』という諦め、寂しさがあったからだと思う。
でも私は、親友として恵に同じ場所に留まってほしくない。
傲慢な考えかもしれないけど、一緒に一歩前に出て、同じように愛される事を知って、「幸せだね」と言い合いたい。
「……ねぇ、恵。お付き合いしてみようよ。私の恋人は皆大好き速水部長だよ? 付き合う時はめっちゃ気が引けたよ。でも、捨てられる事なく今に至ってる。それは恵も分かってるでしょ?」
私は恵の手を握り、彼女の横顔を見つめて言う。
「捨てられる事なく」のところで、視界の端で尊さんがギョッとしたのが見えたので、あとでフォローしておこう。
「涼さんは格好いいし、御曹司だし、気が引けるよね。でもこんなにハイスペックな人なら、わざわざ『付き合いたい』って言わなくても、恵を手玉にとるなんて朝飯前だと思う。本当に悪い男はね、捨てる時に『付き合おうとは言ってない』って言うんだよ」
そう言うと、恵は「確かに」と頷いた。
「涼さんはサプライズしてまで、恵を好きだって言ってくれてる。その本気具合を信じてみようよ。それで、これから本当の意味でダブルデートしよう? 初回がダブルデートなら、手を繋いでシーを回るのだって、ちょっと気楽になるじゃん」
恵は明日もこのデートが続くのだと思い出し、「あああ……」と両手で頭を抱える。
そのあと恵は溜め息をつき、私の手を握ると、顔を真っ赤にし、意を決したように涼さんを見た。
「……き、傷つけないって約束してくれるなら」
それを聞き、涼さんはニッコリ笑った。
「何をされるのが嫌かは分からないから、沢山話してお互いを知っていこう。それでも信じられないなら契約書を作ってもいい。俺は約束を破らないし、恵ちゃんを大切にする。でも恵ちゃんも、なるべく思っている事や望みがあったら口にして伝えて。お互い意見を言い合わないと、対等な恋人にはなれないから」
私は涼さんの言葉を聞き、「彼なら大丈夫だな」と確信を得た。
そもそも彼は尊さんの親友だ。
沢山傷付いて人間不信気味になっているという意味では、尊さんの右に出る人はいない。
涼さんはそのハードルを越え、私たちに紹介された選ばれし者だ。
尊さんとしては、最初から二人が付き合うとは思っていなかっただろう。
でも「もしかしたら気が合うかも……」と思った可能性はある。
(涼さん、お願いします)
私は彼に微笑み、トンと恵の背中を叩く。
――大丈夫だよ。
その想いが通じたからか、恵は息を震わせながら吐き、バッと手を差しだした。
「宜しくお願いします!」
決断した彼女の声を聞き、私たち三人は一瞬固まった。
涼さんから「付き合おう」と言っているのに、なぜか恵から申し込んだからだ。
そのあと三人で顔を見合わせ、破顔した。