テラーノベル
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「じゃあゆず、お仕事行ってくるね」
「うん、今日もお仕事長くなる?」
朝の柔らかな光が差し込む玄関先。
ネクタイを整える恋人、朝霧卿を見上げて、僕は縋るような気持ちで問いかけた。
「大丈夫だよ、なるべく早く帰ってくるから」
「そっか」
僕の名前は千葉樤
仕事に向かおうとしている卿と僕たちがこの部屋で同棲を始めて、もう2年になる。
この2年間、僕の世界は、このドアの内側だけで完結していた。
「あ、いつも言ってるけど、誰か来ても開けなくていいし、昨日作っておいた焼き飯が冷蔵庫にあるから、それチンして食べてね」
卿は僕の頬を軽く撫で、念を押すように言う。
その指先はいつもひんやりとしていて、心地よい。
「うん、わかった」
「くれぐれも、外には出ちゃダメだからね?」
卿は優しく諭すように、壊れ物を扱うような手つきで僕を導き、微笑んだ。
その笑顔は完璧で、僕をこの部屋に繋ぎ止めるのに十分な磁力を持っていた。
「今日も? 宅配とか、今日届くのあったよね、出た方が良くない……? 僕、受け取れるし」
少しだけ勇気を出して提案してみる。
せめて、玄関のドアを開けるくらいの「役割」が欲しかったのだ。
けれど、卿の瞳がわずかに細められた。
「ダーメ、そんなの俺が受け取るから。ゆずはいい子にしてて。ね?」
「うーん……わかった、いい子にしてる」
「ふふ、ありがと。帰ったらご褒美あげるからね」
言うと、卿は俺の唇にそっと、羽が触れるような柔らかいキスをした。
「気を付けてね、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
僕は精一杯の笑顔で見送った。
カチャリ、と鍵が閉まる重厚な音が響く。
卿が出ていってしばらく経つと、僕は静まり返ったリビングに戻り、卿が帰ってくるまでゲームで暇を潰すことにした。
ゲームを起動して、コントローラーを握る。
派手なBGMと効果音がリビングに広がると、部屋が少しだけ賑やかになった気がした。
けれど、液晶の光が虚しく壁を照らすのを見るたび、胸の奥に澱のような寂しさが溜まっていく。
……静かだ。
卿がいるときは、こんなふうに「音がない」と感じることはない。
床を鳴らす足音、キッチンで立てる水音、ソファでスマホをいじる微かな気配。
それらが全部なくなると、家は急に広く、冷たく感じられて、心細くなる。
(早く帰ってこないかな)
画面の中のキャラクターを動かそうとしても、視線はふと壁の時計へ向いてしまう。
まだ昼前だ。
「なるべく早く」と言っていたけど、卿の仕事はいつも忙しい。
コメント
2件
依存系ほんと大好きです...😍💞好きすぎて時間取りました😙💘 きょう、依存しての きょう が漢字になってないのも、共依存と掛けてる感じで素敵です👏😍素敵なエピソードありがとうございます🫶💞