〜東雲遥斗side〜
翌日、教室に入ると、なんとなく空気がざわざわしていた。
「あ、東雲きたじゃん。」
「ちょ、誰言う誰言う?」
「副委員ちょーのリアクション楽しみすぎ。」
こっちをチラチラ見ながら話す男女グループに、若干の嫌気が差す。
どうせ、誰かの恋愛話や悪口で盛り上がっているのだろう。
気づいていないフリをしながら朝の準備をしていると、さっきのグループの一人が近づいてきた。
「ねえねえ東雲くん。ちょっとさ、マジでヤバい話があるんだけど。」
笑うのを堪えながら話す彼女は、後ろにいる仲間たちと目配せをしあう。
僕の耳元に顔を寄せると、とあることを僕に告げた。
驚いて固まった僕を見て、みんなは楽しそうに大きな声で笑った。
僕は教室を見回し、話題の彼は今日学校に来ていないことに気づいた。
そっと、彼女の言葉を小声で繰り返す。
「九十九くんのお父さん、万引きで捕まったらしいよ。」
聞いた噂によると、どうやら九十九くんの家は貧乏らしい。
借金を押し付けられたんじゃないかとか、会社が倒産したんじゃないかとか、各々が好きなように九十九くんの家の事情について話している。
僕は、保健室でのやり取りを思い出す。
『お前が勉強できるのは、偶然でしかねえんだよ。』
僕は偶然ある程度お金のある家に生まれて、偶然人より少し頭が良くて、偶然親が真っ当な道を進んでいる。
これは、九十九くんからすれば羨ましいことこの上ないだろう。
でも。
僕は自分が恵まれているとは思えない。
本当は、もっと部活にも出たいし、勉強以外の楽しみも見つけてみたいし、先生からの評価を気にせず過ごしたい。
僕に興味がないような態度を取ってまともに話してくれないのに、勉強や将来のことになると僕を怒鳴りつける母さん。
そんな母さんにすべてを任せっきりにして、自分は関係ないみたいな顔で僕と喋ってくれない父さん。
二人と、もっと話したい。
もっと僕のことを知ってほしい。
「しののーん、何してるの?」
みんなが帰った教室に一人残っていると、廊下から神桜さんが顔を出した。
「いや、ちょっとぼーっとしてただけ。神桜さんは?」
「あたしは職員会議が終わるまで待つつもり!今日はまだ柊先生と話せてなくてさー。」
弾んだ声で話す神桜さんは、本当に先生が好きなのだろう。
僕にないそれに嫉妬混じりの羨ましさを抱きつつ、それとなく聞いてみることにした。
「あのさ、神桜さんがもし、純粋に柊先生を推せなくなったらどうする?」
「あははっ、変な質問!あたしが柊先生を好きじゃないのに推さなきゃいけないってこと?えー、どうだろうな……。」
こんな質問にも真面目に考えてくれる神桜さんは、本当にいい人だと思う。
「そもそもそんなことないのが大前提なんだけど、あたしだったらスパッと担降りするかな。だって、あたしが柊先生嫌いになるなんて、相当な理由があると思うんだ。だったら自分の心に従うしかないっしょ!」
「……そっか。ありがとう。」
「どーいたしまして!そろそろ職員会議終わっただろうし、あたしもう行くね!」
彼女に手を振りながら、僕はさっきの会話を自分に置き換えてみる。
本当は先生が嫌いなのに推さなきゃいけないなら、推さない決断をする神桜さん。
じゃあ、本当は純粋に学校生活を楽しみたいのに先生を気にしてしまう僕は?
決断の時が、来たのかもしれない。






