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〜東雲遥斗side〜
僕の模試の結果とにらめっこする母さんを、小さな声で呼ぶ。
「ねえ、母さん。」
「……何。」
目線をこちらに合わせようとしないまま、無愛想に答える母さん。
「あのさ、僕……。」
もっと、純粋に学校生活を楽しみたい。
もっと、母さんと父さんと素直に話したい。
もっと、勉強や将来のこと以外で僕を見てほしい。
そんな言葉が思い浮かぶも、声が出てこない。
『まあ、百点取ったの。すごいじゃない。』
遠い昔、そう褒めてもらったことがあった。
多分一度か二度しかなかった思い出に、今でも縋り付いている自分がいる。
褒められたい。
認められたい。
そんな思いで、これまで勉強や学校生活など、色々なことを頑張ってきた。
もし、さっきの”もっと”を母さんに伝えたことで、これ以上関係性がねじれてしまったら?
「……ごめん、なんでもない。」
「あっそ。早く勉強すれば?」
僕は、選ぶことが出来なかった。
『じゃあ、ミーティングはここまでにしておこうか。ごめんね東雲くん、こんな時間まで。』
「大丈夫だよ。最近はみんなより仕事減らしてもらっちゃってたし、これくらいはやらせてよ。」
『塾が落ち着き次第、俺らに押し付けられた分の仕事、お前にも押し付けるからな。』
『颯真ケチすぎ。しのしのの大人っぷり、もっと見習ったほうがいいんじゃない?』
通話でのミーティングが終わると、みんな口々に喋りだす。
この時間は、僕が珍しく純粋に”楽しい”と思えるものの一つだった。
『じゃ、あたし落ちるね!おやすみー。』
『俺も抜けるわ。じゃあな。』
神桜さんと暁くんがいなくなると、如月さんが口を開いた。
『東雲くん、最近大丈夫?』
「え?」
『いつもと言動が違う気がして。ほら、私”人間推し”でしょ。人の変化にすぐ気づいちゃうんだよね。』
姿勢や顔色、声のトーンなどが少し違うだけで察知できると言うので、本当にすごいと思う。
(僕も如月さんみたいにできれば、先生にもっと気に入ってもらうことが……。)
やはり数年にわたり続けてきた癖は抜けないらしく、いやらしい考え方にため息が出る。
「ねえ如月さん。ちょっと聞いても良い?」
『もちろん。私で良ければ。』
「……”人間推し”にシフトチェンジして、何か変わった?」
少し、意地悪な質問だったのは分かっている。
それでも聞かずにはいられなかった。
『そうだな、変わってないかも。あいかわらず先生は怖いし、トラウマが出てきちゃうこともたくさんあるよ。』
息を吸う音がして、でもね、と言葉が続けられる。
『私は”先生推し”になって、先生が怖いという事実を受け止めた。このことに後悔はしてないんだ。本当の自分が求めていることに耳を傾けられたから。』
画面の向こうで、彼女が笑ったのが分かった。
『実際のところ何も変わらなくても、自分というもののポリシーを決めておくことは大事だと思うよ。そうすれば、軸がブレることはない。』
「……そっか。」
誰も九十九くんのことを呼び戻さないように、この世にはそうそうドラマなんて生まれない。
僕は、母さんにこの思いを伝えることは出来ないし、人の目を気にする癖をやめることはできない。
つまりは、実際のところ何も変わらない。
でも。
”学校生活を純粋に楽しみたい”というポリシーを定めることは、誰にも邪魔されないはずだ。
「ねえ、如月さん。」
『どうしたの?』
僕は世界に宣言する。
「僕、みんなと話す時間、本当に楽しいんだ。」
遥斗の宣言と同じ頃、部屋で鼻歌を歌う少女がいた。
埋められない心の隙間を隠すように歌う、翠の鼻歌だった。
※キャラ紹介の章、更新しました。