ちょっと気怠そうで、やる気があるんだか分からない雰囲気をしているけど、そこがいいとも言える。
身長は高いし体もしっかり鍛えていて、私好みのいい体をしている。
高収入で頭も良くて、実は社長の息子。性格は悪いけど、私とは気が合うと思う。
(……捨てる神あれば拾う神あり。彼に拾われて良かったじゃない)
私は心の中でまだふてくされている自分に言い聞かせ、鏡に移った自分に微笑みかける。
「尊さん、これから宜しくお願いします」
私は彼に向かって小さな声で告げる。
けれどその声はドライヤーの音にかき消され、尊さんの耳には届かなかった。
「おやすみ」
「おやすみなさい。……あの、次のお泊まりデートの時には挽回しますので」
やっぱりエッチを途中で終わらせてしまったのは、申し訳ない。
「いいって。あんま気にすんな」
尊さんは私の頭をクシャッと撫で、こちらを向いて横臥すると、私の脚に脚を絡めて息を吐く。
「……久しぶりにゆっくり眠れそ……」
そう言った彼の言葉を聞いて、「普段眠れないんですか?」と聞こうかと思ったけれど、安眠させてあげたいと思ってやめておいた。
「おやすみなさい」
私はもう一度小さく言い、尊さんの胸板に顔を寄せて目を閉じた。
**
翌朝、私たちは美味しい朝食をとったあとにチェックアウトし、ホテルを出た。
デートが終わったあと、尊さんは私を家まで送ってくれる。
家に上がってお茶でも……と思ったけれど彼は辞退し、そのまま帰っていった。
月曜日になって「誰にもバレてないよね……?」とビビりながら出社したけれど、見事なまでに皆いつも通りだった。
私は淡々とバレンタイン企画の仕事をし、その先の春のお菓子の案を考える。
職場は開放的な内装になっていて、はデスクがある〝島〟の他、ジョイントマットの上にクッションやソファがあり、リラックスしてディスカッションできる場所もある。
実際に調理して試作する場所もあり、飲料を扱う二課の人たちがメインに使う、お洒落なバースタイルのカウンターもある。
それぞれ透明な壁で仕切られているので、皆が何をしているのかすぐ分かるのがいい。
私が以前に尊さんにキスされた会議室は、重役も訪れる別フロアのものだ。
……ホントにね、どこでキスしたんだっていう話……。
尊さんは窓際の部長室にいて、その姿が透明な壁ごしに確認できた。
(日差しが当たって暑そう。……いつだったか『窓際族』って言ってたっけ)
私はアイデアノートをめくりつつ、遠くにいる尊さんを観察する。
「朱里、週末連絡つかなかったけど、どうしたの?」
話しかけてきたのは恵だ。
親友だから同じ会社に入ろうと思った訳じゃないけど、あまりにも仲がいいからか就職先に選んだ会社が被ってしまった。
結果、二人とも採用されて同僚になり、配属先も同じというミラクルを叩き出した。
恵は百六十センチメートルぐらいの標準体型で、前下がりボブの爽やかな雰囲気の女性だ。
学生時代はスポーツ万能で、女子バスのキャプテンもしていた。
彼女の周囲には常に人が集まっていて、当時の私は眩しさすら感じていた。
恵は明らかな陽キャでカリスマ性のある人なのに、なぜか私を気に入ってくれた。
学校でもプライベートでも私に付き合ってくれ、恵がいたグループの子たちは彼女を慕っていたから、両方を構うのは大変だったと思う。
私は私で群れるのが苦手だったので、女子グループに入る選択肢はなかった。
恵を慕っていた子たちは『もっと一緒にいたいのに、どうして上村さんばっかり構うんだろう』と不満に思っていただろう。
その関係で虐められた事はないけれど、多分そうならないよう恵が気を遣ってくれたんだと思う。
恵のお陰で私は楽しい学生生活を送り、放課後は昭人とデートするか、恵と遊ぶか、アルバイトをするかだった。
そうする事で家に帰る時間を遅らせ、居心地の悪さから逃げていた。
そんな恵に週末の事を尋ねられ、私は気まずく押し黙ると視線を泳がせる。
(尊さんとデートしてた間、スマホの電源オフにしてたからなぁ……)
彼女は親友で隠し事なしの関係だけど、昭人に未練タラタラだったのに、いきなり部長と寝たって言ったら驚かれるだろう。
コメント
2件
付き合い始めたけれど 前途多難....🤔 恵ちゃんに話すのは、もう少し落ち着いてからになるのかな?
電源OFFにしてた朱里ちゃんに👏 恵ちゃんもう少し待っててあげてね!やっと…だけどまだ言えないんだって🤭