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今日は『杏』の定休日だ。
ゆっくりと歩きながら、買い物を楽しんでいた。
休憩しようとカフェに入り、私は大好きなアイスのロイヤルミルクティーを注文した。
1口飲むと、すごく美味しくて身も心も満足させてくれた。
ホッとひと息つきながら、私の頭に「スーツの人」の顔が浮かんできた。
昨日、榊社長のことをすぐに果穂ちゃんがみんなに話したから『杏』では今、それが大きな話題になっている。
みんなもネットでいろいろ調べたらしい。
榊グループが、百貨店だけでなく、アパレルや飲食店など幅広くグループ展開してること。
榊社長の祖父が創業者で榊 祐誠さんが3代目、しかも、一人っ子の御曹司であること。
そして、みんなが1番気になっていた榊社長のお相手だけど……
なんと、今はまだ独身で、彼女もいないって……最近の雑誌のインタビューで答えてたらしい。
当然、その情報にみんなは色めき立っている。
今までは、東堂製粉所の2代目だからって慧君も密かに人気があったのに。
いつだって、女心は変わりやすいよね。
私はそんなことを考えながら、ほんの少しだけ贅沢な時間を過ごし、カフェを出てまた歩き出した。
「待って」
えっ?
呼び止める声に思わず振り返る。
とても高級感溢れるマンションの前に、その声の主は立っていた。
タイトめなスーツをビシッと着こなして、髪型もオシャレで……
あまりにも素敵なその人は、眩しいばかりのオーラを放っていた。
「あっ、あなたは……榊社長」
思わず名前を言ってしまった。
「俺の名前……?」
少し渋めでセクシーな声。
お店でも聞いてはいたけど、今、2人きりで改めて聞くと何だかドキドキする。
「あ、すみません。昨日、秘書さんが来られて名刺をいただきました。なので、お名前は『杏』のみんなが知ってます」
「前田君か……」
あの優しそうで礼儀正しい秘書さんの名前だ。
「連絡が取れないって困っておられましたよ」
「……そうか。君、名前は?」
いきなり名前を聞かれて驚いた。
私の名前なんか聞いてどうするの?
普通の接客以外で話したの初めてだし、名前なんか言ったって、どうせすぐに忘れるくせに……
「美山……雫です」
「雫か、いい名前だ」
「えっ、そんな、恥ずかしいです」
「恥ずかしがることはない。君の大事な名前なんだから」
大事な名前……
そんな風に言ってくれるんだ。
ちょっと、嬉しい。
「そうだ、雫に頼みがある」
って、い、い、いきなり呼び捨てですか!?
「雫」だなんて言われて、急に心臓の音が激しく鳴り出した。
私を呼び捨てにする男性なんて誰もいない。
なのに、この人は……
あっ、そっか、きっと誰でもすぐに名前で呼べるような人なんだ。
たとえば、海外経験が長いとか、フランクな性格で女性の扱いに慣れてるとか。
もしかして、中身はチャラい人なのかも知れないし。
「あ、あの、お願いって?」
呼び捨てのことはひとまず横に置いておこう。
「『杏』のパンを時々会社に配達してもらいたい」
「パンの配達……ですか?」
意外な申し出にちょっと驚いた。
「そういうシステムはない?」