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百鬼清風
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#イケメン
高遠すばる
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#初小説
鬼卍。
70
そう思った時、令嬢達の向こうからお兄様が私を見つけた。
「申し訳ありません。最初に踊りたい相手がいますので」
お兄様の声が聞こえた。
何人もの方が、自分が呼ばれるのかと姿勢を正した。けれど、お兄様は誰にも手を差し出さず、こちらへ歩いてくる。
途中でも話しかけられたが、お辞儀を返すだけで立ち止まらなかった。
「ほらね」
アリス様が微笑んだ。
ジュリアン会長は私の前から退き、隣のレオポルド様にも合図した。
「僕達は後で挨拶しよう」
「ああ。今は邪魔になる」
二人が道を空けた先に、お兄様が立った。
「マチルダ。ファーストダンスを、俺と踊ってくれるか」
白い手袋をしたお兄様が、私に手を差し出す。
周囲の方達が見ていた。さっきまでお兄様を囲んでいた姫君達も、息を飲んで私の返事を待っている。
「私で、よろしいのですか」
「お前を誘いに来たんだ」
お兄様は迷わず答えた。
私はその手を取った。アリス様に見送られ、広間の中央へ進む。もう、誰かの後に誘っていただくのを待たなくていい。
今夜、最初にお兄様と踊るのは私だ。
曲が始まった。
お兄様は私の腰へ手を添え、慣れた歩幅で踊り始めた。私も足を運ぶ。金糸の刺繍は間近で見ると思ったより繊細で美しい。白い上着は馴染んでおらず、いつもの制服より少し硬く感じる。
でも、つないだ手の温かさは変わらなかった。
「元気がなかったな」
「見ていらしたのですか」
「ずっと探していた。近くに来ると思ったら、ずっと来ないから」
「ご挨拶のお邪魔になってはいけないと思って」
お兄様と向かい合ったまま、私は答えた。
近くにいられるだけで嬉しいのに、それだけで満足するのは、もう出来なかった。
「お兄様が、遠くへ行ってしまわれたようで」
「ここにいるだろう」
「今は、私と踊ってくださっています。でも、これからはお忙しくなりますし、どなたかとご結婚なさるのでしょう」
言ってから、後悔した。
お祝いの夜に、こんな話をしてどうするのだろう。お兄様を困らせたいわけではない。
私は次のステップに集中しようとしたが、お兄様は私を見たままだった。
「その話を、お前にしたかった」
足を止めそうになった。
誰か、決まった方がいるのだろうか。先ほどの姫君の中に、それとも私の会ったこともない方が。
「俺は、お前と結婚したい」
私はお兄様を見上げた。
聞き間違いかと思った。けれど、お兄様は困ったようにごまかすことも、冗談だと言うこともしない。
「マチルダを愛している。誰かに任せて、兄として見送るなんてできない」
「お兄様……」
「お前を守りたいと思うのは、今も同じだ。でも、それだけじゃない。これから一緒に生きる相手に、俺を選んでほしい」
私はつないだ手を強く握った。
ずっと聞きたかった言葉だった。聞いてはいけないと思い、欲しがっていることさえ隠してきた言葉を、お兄様が口にしている。
「同じ家で育ったお前に、こんなことを言っていいのかと考えていた。だが、そんなことを言っているうちに、お前が離れていくのは嫌だ」
お兄様は一度言葉を切った。
私達は踊っていた。周りにも人がいる。それでも、今聞こえる声にだけ答えたかった。
「俺と結婚してくれ、マチルダ」
堪えていた涙がこぼれた。
お兄様が足を緩めたので、私は下を向いた。踊るのをやめたいのではない。答えたいのに、すぐには声が出なかった。
「私も、お兄様を愛しています」
やっと言えた。
お兄様が私の返事を聞いている。それが嬉しくて、恥ずかしくて、今まで隠していたことまで言いたくなった。
「ずっと前からです。お兄様が誰かと踊られるのも、私の知らない方のお話をなさるのも嫌でした。でも、私は妹だから。妹なのに、こんなふうに好きになってはいけないと思って」
家族なら、抱きついても許される。お兄様と呼べば、近くにいても誰にも咎められない。その優しさに甘えながら、本当に欲しい返事を聞くのが怖かった。
妹として大切だと言われてしまったら、もう何も望めなくなる。
「ずっと、我慢していました。お兄様のおそばにいられるなら、それ以上は望まないようにしようと。でも、できませんでした」
「もう、我慢しなくていい」
お兄様は私の涙を見て、優しく言った。
私は泣きながら笑った。今夜は笑ってお祝いしなければと思っていたのに、ちっともうまくいかない。
「はい。私を、お兄様のお嫁さんにしてください」
お兄様が嬉しそうに笑った。
その顔を、誰よりも近くで見ていた。私を選んでくれたことも、私が選んだことも、もう間違えようがなかった。
「ありがとう、マチルダ」
「こちらこそ。でも、今夜だけでは嫌ですよ」
「何がだ?」
「最初に誘ってくださることです」
お兄様は、私を見て微笑んだ。
「これからも、最初にお前を誘う」
私は頷き、最後のステップを踏んだ。
曲が終わるまで、お兄様は私の手を離さなかった。
コメント
1件
わあ、ついに来ましたね…!ダンスの場面でお兄様がマチルダを選んで「俺と結婚したい」って言うシーン、すごく胸が熱くなりました。ずっと妹として我慢してきたマチルダの気持ちが溢れて、「私もお兄様を愛しています」って泣きながら言えた瞬間、本当にもう…。お兄様が「もう我慢しなくていい」って返すところも優しすぎて悶えます。最初のダンスをこれからもずっと、って約束も素敵でした。泣けました。