テラーノベル
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今日は待ちに待った土曜日。
つまり学校はお休み。
(うーん、どうしよう……)
いつもだったら家に引きこもってスマートフォンばかりいじるという、そんな悲しい休日を送るのが常なんだけど、今日に限っては違った。ベッドの上でずっと悩んでいる。
一体何に悩んでいるのかというと、心野さんと一緒に遊びに――いや、彼女的に言うならデートか。それについて悩んでいるのだ。
(くそっ! このままじゃ埒があかない!)
そんなわけで一応、昨夜は妹の|姫子《ひめこ》に相談を持ちかけたりもした。アイツには中学生のくせに彼氏がいるからだ。
というかさ。兄を差し置いて恋愛? 中学生のくせに生意気な。どうせ毎日毎日、彼氏とただれた時間をすごしているんだろうさ。
このマサガキが!
でも、仕方がなかった。他に相談できるな相手がいないから。
友野? 相談にはもちろん乗ってくれるだろうけど、アイツってちょっと特殊だし。モテるからなのかな?
前に、『女子とデートってどんなことするの?』みたいなことを訊いたことがあったんだけど、返ってきた言葉が『一緒にラーメン屋に食べに行ったり、マラソンに付き合ってもらったりだな』とかよくワカランことを言われたし。デートにマラソンって……。
で、最後の手段として姫子に相談。それで、こんな感じのやり取りをしたわけだ。
* * *
「なあ、姫子。ちょっと相談があるんだけど聞いてもらえないかな?」
ちょうどリビングのソファーでだらしない格好をしてジュースを飲んでいた姫子に、僕はそう切り出した。
しかし……だらしなさすぎだろ。股を開きすぎ。スカートを履いてるからパンツ丸出し状態になってるし。今の姿を彼氏が見たらたぶん幻滅されるぞ? いや、逆に喜ぶのかな?
「なーにー、お兄ちゃん? 私に相談とか珍しいじゃない。というかさ、私のパンツ見すぎ。ついにシスコンにでも目覚めたの? 超キモいんだけど」
ぐっ……腹立つ! 妹じゃなくて弟だったらぶん殴ってやるのに。しかし、今はとにかく冷静に。相談だ。それが最優先だ。
「う、うん、まあ色々あってね。で、ちょっと教えてもらいたんだ」
「教えてもらいたい? 何を?」
「あのさ、同じクラスの女の子とデートすることになって。で、訊きたいんだけど、デートって一体何をすればいいのかな?」
姫子は口に含んだジュースを勢いよく吹き出し、顔色を一気に青ざめさせた。そして猛ダッシュで母さんのところへ。
「お母さん! 救急車! 救急車呼んで! お兄ちゃんがおかしなこと言ってる! クラスの女子とデートをすることになったとか! 前々から変だったけど、ついに頭が完全におかしくなっちゃった見たい!」
おい! ちょっと待て妹よ! 兄をなんだと思っている! 失礼にも程があるだろうが!
「……訊かない。二度と訊かない! もう絶対にお前になんか訊いたりしない! 相談なんかしてたまるかこの売女!」
* * *
まあ、そんな感じで大喧嘩に発展する直前までいってしまったというわけだ。兄としてのプライドはもうズタズタだよ。
でも、心野さんにこうお願いされたんだ。
『あの、今度の土曜日のデートなんですけど、この前は私が色々調べて決めたじゃないですか? でも、今回は何をするか但木くんに決めてほしくて』
どうやら僕がプランを練って、そしてエスコートをされたいらしい。
エスコート、かあ。女子ってやっぱりそういうことを望むんだなあ。少なくとも心野さんにとって、それが『ひとつの夢』でもあったらしいし。
だったら叶えてあげようじゃないか。夢を実現させてあげようじゃないか。女性恐怖症の僕にデートの経験なんてないけれど、それでも実現させてやる。
心野さんが失い、取り戻したい学園生活。
何事にも代え難い、青色の時間。
それを、僕が埋めてやる。
* * *
心野さんが指定してきた待ち合わせ場所は、僕の最寄り駅からふたつ目の駅。そこにある大きな時計台の前だった。
約束の時間は午後十二時。ちょっと遅めだったから理由を訊いたところ、返ってきた答えは『たぶん寝るのが遅くなると思うから』というものだった。
「これって絶対に、妄想が捗ったりして夜更かしをするという意味なんだろうなあ。でも、心野さんって毎晩毎晩、一体どんなことを妄想しているんだろう?」
抜けるような青空を見上げ、想像した。だけど、浮かんでくるのは人様には言えないような内容ばっかり。せっかくの抜けるような青空の下にいるというのに。
「まあいいや。どうせ、ムッツリスケベ的な妄想だろうし。女性恐怖症の僕が想像するのは無理」
「だから、私はムッツリスケベなんかじゃないです!」
「こ、心野さん!?」
ビックリした。いつの間に僕の隣に? 全く気が付かなかった。何さ、この気配を消すみたいな特殊能力は。
でも僕はそれ以上にビックリ――否、見惚れてしまった。
初めて見る、心野さんの私服姿に。
「どうしたんですか但木くん? ボーッとしちゃって」
「いや、その。ボーッとしていたというか、なんというか。ほら、心野さんの私服姿って初めて見るからさ。ちょっと見惚れちゃって」
春らしいパステルカラーの春用ニット、塗り潰されていないキャンバスのようなオフホワイトのひらひらスカート。そして柔らかな印象を受けるベレー帽。え、心野さんって実はオシャピーだったの?
「見惚れちゃってなんて、そんな……て、照れちゃうからあまり言わないでくださいよ。でも、すっごく嬉しいです」
耳を真っ赤にしながら照れ照れモジモジ。少しだけ見える顔も朱に染まっている。
でも、本当にそう思ったんだ。学校での心野さんを知っている僕からしてみると、あまりに意外な私服姿で。そりゃ見惚れるよ。
「但木くんとのデートですから、頑張って買ってきました。に、似合ってます?」
「うん、すごく似合ってる。正直言って、可愛いと思っちゃった」
「か、可愛いだなんて、そんな」
言ってから気が付いた。思ったことをそのまま口にしてしまったけれど、考えてみたらこのセリフ、まるで心野さんを口説いているみたいじゃないか。
(だけど心野さん、本当に嬉しそうにしてくれている)
うん、別にいいや。口説いていると思われてもなんでも。心野さんが嬉しそうにしてくれていると、僕も嬉しいし。
「ねえ、心野さん。頑張って買ってきたと言ってたけど、それって今日のためにってこと? 普段の私服はちょっと違うの?」
「はい、もちろん違いますよ。これはあくまで今日のデート用に購入しただけです。普段は中学生の頃の体育の授業で着古したジャージですから」
「じゃ、ジャージ……しかも中学時代の」
「そんなに驚きます? あ、色はピンクですから大丈夫です」
「いや、そういう色の問題じゃなくてさ」
だけど、なんだろう。よれよれであろうピンク色のジャージに身を包んだ心野さんの姿が容易に想像できてしまうのは。
「但木くん、改めて。今日は私のエスコート、よろしくお願いします」
心野さんは深くお辞儀。いやいや、そんなに改まって言わないでも。
「まあ、任せておいて。と、言いたいところだけど、僕もデートなんて経験が全くなくて。上手くできるかどうか」
「大丈夫です。但木くんが考えてくれたプランですから。私はどこでも嬉しいですよ。でも、この前のファミリーレストランはデートとしてカウントされてないんですね。ちょっと寂しいんですけど」
「ご、ごめん心野さん。あれはなんというか、デートというか」
「冗談ですよ、全く気にしてませんから。あの時は但木くんが私に気を遣ってくれて、そういうことにしてくれていたんですよね。分かってます。だから余計に、但木くんって本当に優しい人なんだなって、そう思えるようになったんです」
心野さんの口元が緩む。前髪ではっきりとは見えないけれど、分かる。心野さんは今、笑顔であることが。
一度でいい。一度でいいから、心野さんの前髪で隠れている笑顔の全てを見てみたい。
そう、心の底から僕は思った。
* * *
「ここが、カラオケ屋さんですか」
「うん、そうだよ。この前保健室で言ってたから。学生らしく遊んでみたいって。その中にカラオケのことも言ってたからさ」
そう。僕の考えたプランはあくまで『学生らしい』遊び方だ。背伸びする必要はない。場所や料金に関しては前もって調べておいた。学生って基本的にお金がないからね。
* * *
「私が想像していたカラオケ屋さんとだいぶ違うんですね。こういう感じなんだ」
カラオケ屋さんに到着したところで、僕が受付を済ませている間、心野さんは興味深げにキョロキョロと辺りを観察。本当に初めてなんだ、カラオケ屋さんに来るのが。
「心野さんはどういう感じを想像してたの?」
「えーと、皆んなでカウンター前に腰掛けて、談笑しながらお酒飲んだりして。それでたまにマイク持って歌う、みたいな」
心野さん。たぶんそれ、スナック。いや、僕も行ったことないけれど。そもそも僕達はお酒飲めないし。
「お待たせ。受付済ませてきたから行こうか」
「は、はいっ!」
受付で発行してもらった部屋番号が記載された伝票。『326』と書いてあるので、どうやら三階にあるらしい。そしてエレベーターを使い、僕達は三階に到着した。
「うん、この部屋みたいだね」
色んな人達の歌声が漏れ響く中、僕達は『326』の部屋を見つけた。しかしこのお店、本当に壁が薄いな。歌声が外の通路まで丸聞こえじゃん。まあ仕方がないか。料金も安いし。
早速部屋に入ろうと、ドアのレバーハンドルに手をかけた。
が、しかし。心野さんが耳を真っ赤にして、そのまま動かなくなってしまった。
いや、動かないというよりカチコチに体が固まってしまっている。そう言った方が正しいのかもしれない。
「た、但木くん!? こ、ここ、この部屋ですか!?」
「うん、そうだけど? どうかした?」
「み、密室じゃないですか!!」
言うが早いか、心野さんは前と同じく鼻を押さえて何度も深呼吸。うん、なんとなーく分かった。心野さんが今考えていることが。
「……ねえ、心野さん? もしかしてだけど今、妙な妄想したりしてない?」
「し、してなんか、いい、いません!!」
いや、この反応を見るに絶対にしてるでしょ。R18的な妄想を。
「えーと、ムッツリスケベな心野さんのために念のため教えておくね。基本的にカラオケ店ってさ、各個室に防犯カメラがあるから変なことできないからね?」
「ぼ、防犯カメラですか!?」
何故、そこまで驚くかな……。
「まあ、カラオケとしてではなく別の使い方をしちゃう人がいるからね。そのために防犯カメラを仕込んであるんだってさ」
「そうなんですか。あの、それで別の使い方って?」
「うん、心野さんは知らない方がいいと思うよ? 絶対に妄想が捗っちゃうから」
「わ、分かりました……。でも、それなら後で店員さんにお願いしに行かなきゃ」
「店員さんに、お願い?」
「はい、今日の思い出に防犯カメラの映像を頂きに行こうかなって」
「いないから! 防犯カメラの映像を思い出にもらいに行く人なんていないから! 聞いたこともないよ!」
まだ部屋にも入ってない。歌ってもいない。
なのに、もうすでにドッと疲れたんですけど。
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