テラーノベル
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そういえば、さっきの社長の娘の話。苗字を見れば一発でわかるんじゃないか? 受付の二人は、きちんと名札をつけていたはずだ。
「あ、これ、俺のQRコード。カレンちゃん、読み取ってもらっていい?」
「はい、読み取りますねぇ」
カレンちゃんが手元に気を取られている隙に、胸元の名札を盗み見る。
――『神崎 香恋』。
確かにそう書いてある。社長の苗字は宮川だったから、絶対に違う。……なんだ、よかった。
「……ん? どうかしましたか?」
「いや、『香恋』って漢字、そう書くんだなと思って」
「……素敵な名前でしょ?」
「うん。すごく可愛くて、似合ってると思う」
「…………ありがとうございます」
いや、待って!! 何、今の間!!
俺、変なこと言った!? 言ったよね!? 自分で「友達」の関係を壊しにいってどうするんだよ。付き合う可能性なんて、万に一つも……ゼロなんだからね!?
「あ! あと、メモのことなんだけど……」
「あ!!あれは、違うくって! いつものノリでふざけただけですから!」
「……本当に?」
「はい。だいきさんが見たらどんなリアクションするかなとか、どう言ってからかおうかなとか。そう、関西人の本能です! だいきさん、からかうと面白いからっ」
ダメじゃん。そんな涙目で嘘ついちゃ。
俺は――実は、あのメモがめちゃくちゃ嬉しかったんだ。でも、カレンちゃんが一生懸命に嘘をついてくれているんだから、俺もそれに合わせるしかないじゃん。
「そうだよね。びっくりしたわ。俺、本当に女の子ダメでさ。性格もそうだけど、あの体の柔らかい感じとか、フォルムも……なんっにも刺さらないっていうか、興奮しないんだよね。あ、カレンちゃんは大丈夫だよ? 全然女の子っぽくないし、一緒にいて本当に男友達みたいだなって。あ、もちろんいい意味でだよ?」
カレンちゃんに出会う前の「クソみたいな俺」が、スラスラと悪態をついていて笑える。
あーあ、これで最後かもな。こんなこと言われてもまだ好きでいてくれる女の子なんて、もはや変態でしかないだろ。
「あ!!なんか初詣の時のデジャヴ!! ゲスい方のだいきさんや!!」
ケラケラと大きな声で笑い出し、俺はやっとホッとした。
こういうところなんだ。ずっと前から友達だったみたいな、この安心感。
……本当さ、なんでカレンちゃんは女の子なんだろう。さっきスラスラ出た悪態は、全然冗談じゃなくて本心なんだ。なんなら、女の子の裸なんて見ちゃったら、多分その場でもどしちゃうよ。
「じゃあ、さっきはミレイのことナンパしてたんじゃないんですね。良かったぁ。社長の奥さんに報告せんですみましたぁ」
「は? 報告って何?」
「私、元々は違う部署の所属やったんですけど、ミレイ目当てで声かけてくる人が多すぎて。社長の奥さんに無理やり隣で『受付嬢』させられてるんです。……私、本当は『警備嬢』なんです」
空手の黒帯を持っているだなんて、わざわざ披露しなくていいよ。
なんなの?その可憐な格好で役職が警備だなんて。……面白すぎるんだけど。
「あ、だからりゅうせいのことも『警備』してたの!?」
「ほんま、普通は逆でしょ? りゅうせいくんの方が背高いし、ムッキムキやのに。社長の奥さんは、私のこと買い被りすぎなんです」
大きくため息をついて、お手上げのポーズで首を振る。
「アメリカのコメディアンじゃないんだから」と思わずツッコミを入れると、彼女は「よく分かりましたね?」とニヤニヤしている。もう、本当に調子がいいんだから。
「あ、ごめんなさい、長居しました。……あの、私生活を利用してミレイのこと勘繰るような真似して、ごめんなさい。ミレイがどうしてもだいきさんとのことを誤魔化すから、何かあったんじゃないかと思って。本当に、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ勘違いさせるようなことしちゃってごめん。本当に、俺、女の子には興味ないから安心して? でも、カレンちゃんの面白さを知ってからは、女の子と『友達』にはなれるんだなって思ってる。だからさ……カレンちゃんが良ければだけど、これからも友達でいてくれない?」
あ、なんか今、いい感じで話ができたかもしれない。
「男ならいいのに」なんて、そんな魔法みたいなことが叶うわけもないから。今は、これが最善の言葉だ。
「……それは、ちょっと考えさせてください。また『ゲスい方のだいきさん』が見たくなったら、すぐに連絡します」
「なんだよそれ。普通の俺には興味ないのかよ!」
あはは、と明るく笑いながら、カレンちゃんが帰っていく。
スラリとした足のラインが目を引くあのパンツスーツも、ヒールのない靴も、すべては「警備」のための姿だったんだな。
……え、ちょっと待って。カレンちゃん、ヒール履いてないの?
俺と目線が近かったから、てっきり高いパンプスでも履いているのかと思っていた。
俺、百七十五センチあるんだぞ?
顔だって拳くらいしかないし、あんなに可愛いし……。一般人にしておくには、あまりにも勿体なさすぎる容姿じゃないか?
「だいきくぅん、お話長すぎるぅ。もう会議始まりますよぉ」
「……りゅうせい、気づいてた? カレンちゃん、めっちゃ身長高いんだよ。パンプス履いてないんだぜ」
「えっ、だってカレンちゃん……ソンナニ、オオキイカナァ?」
「え、ここにもロボットがいるんだけど」
まあ、いいか。りゅうせいもいっちゃんもいつきくんも、みんな揃って高身長だし。いっちゃんの彼女だって百七十あったんだ。これくらいが、現代の「普通」なんだろうな。
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萩原なちち