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「ごめんね陰地くん。私に付き合わせちゃって」
放課後、僕は竹田さんと約束した通り、葵のお見舞いに向かっている道中である。
それにしても不思議だ。いつもの、あの『竹田さん』とは別人に思えて仕方がない。夕日が彼女を茜色に染めているからだろうか。それとも、いつものように笑顔ではなく、どこか憂いを含んだ表情を見せているからだろうか。
いや、違う。言い切ることができる。
伝わってくるんだ。緊張感が。空気が張り詰めたような雰囲気が。
「――あのね」
こちらを見ないまま、視線を下に落として竹田さんは口を開いた。
「私、嘘をついてるんだ」
「嘘? 葵の所にお見舞いに行くって言ってたこと?」
そして彼女は首を横に振る。
「違うの。全部。全部嘘なの」
「全……部」
一度、つと顔を上げ、竹田さんは空を見上げた。そして、「陰地くんも一緒に見てくれないかな? 空を」と、弱々しささえ感じる声で、僕に伝えた。
だから歩みを止め、空を見上げた。
どうしてだろう。夕焼け空なんて何度も見てきているはずなのに、まるで初めてそれを見たような感覚だった。
深い憂愁を秘めた、茜色の夕焼け。
「ありがとう、陰地くん。私にはこれで十分。たったひとつでいいから、思い出だけでもと思って」
これで世界の全てが崩れてしまうかのような、そんな色を滲ませた竹田さんの言葉だった。
「十分って……。あ、あの、竹田さん? 何か悩み事でもあるの? 教室で話した時もそうだったけど、いつもの竹田さんらしくないって感じてて」
「心配してくれてたんだ。本当に優しいよね、『豆腐くん』は」
その一言があまりに唐突で、仰天すぎて、僕は息をするのも忘れてしまった。葵にすら言ったことがない、僕のSNSで使っているハンドルネーム。それを竹田さんが口にしたんだから。
「もう、これ以上言わなくても分かるよね。最近さ、ずっとおかしいの、私。だからSNSで全部吐き出すしかなかったの」
そう。竹田さんの言う通り。僕は全てを理解していた。最近の『彼』が、恋愛やら恋やらについての投稿が一気に増えたこと。そして、葵の部屋で見た、あのメッセージのことを。
『今日の昼休みのこととかを見てたら、そう感じた』
どうしてもっと早く気付くことができなかったんだろう。それとも、僕は無意識の内に、気付きたくないと思っていたのかもしれない。
でも、僕はあのハンドルネームで彼女のことを呼ぶつもりはなかった。今、僕の目の前にいる女の子は『彼』じゃない。
いつも笑顔を絶やさないで、妄想好きで、葵の友達で、ちょっとイタズラが好きな、クラスメイトの竹田さんだ。
「教室でさ、葵ちゃんとのやり取りを見てる時、いつも感じてたの。この人、根暗だとかウジウジしてるとか、クラスの皆んなから色んな陰口を叩かれたりしてるけど、本当は違うんじゃないかって。陰地くんの本質はもっと別のものなんじゃないかって。そう、思ってた」
空を見上げるのをやめて、竹田さんは僕に顔を向けた。その眼差しは、とても温かく、優しく、慈愛に満ちていた。
「それからなんだ。陰地くんのことが気になり始めたのって。変だよね、本当に。葵ちゃんとのやり取りをずっと見てるだけだったのに、陰地くんのことを好きになっちゃうだなんてさ」
自分で自分を嘲笑するかのようにして、薄らと笑みを浮かべた。そして、言葉を紡ぎ続ける。
「葵ちゃんに言ったことがあったんだ。陰地くんのことを好きになっちゃったって。本当は知ってたくせにね、私。葵ちゃんは陰地くんのことが好きなんだって。恋をしてるんだって。なのに、酷いよね」
「た、竹田さ――」
言葉を返そうとしたら、竹田さんは人差し指を僕の口に当てて静止させた。
それで理解した。
今、彼女はもう何も望んでいないということに。伝えたいだけなんだと。知ってほしいだけなんだと。
自分がこれまで抱いてきた、恋のカタチを。
「最後に陰地くんと同じ景色を見ることができただけで、私は幸せなんだ。だから言うね。私、竹田つぐみは、陰地くんのことが好き。本当に好き。私とお付き合いしてほしいです」
「竹田さん。僕のことを――」
「うん。ずっと気付かれないようにしてたの。本当は、もちろん恋人同士になりたいって、そう思うよ? でも私、決めてたから。葵ちゃんの恋を応援するって。だから、裏切りたくないの。葵ちゃんのことも、自分自身のことも。だから――」
だから私のことを振ってくださいと。
じゃないと、いつまで経っても前に進めないと。
だから、僕は彼女に伝えた。ありったけの感謝の気持ちを込めて。
「僕、もう葵と付き合ってるんだ。だから、竹田さんとは付き合えなくて。だから――」
だから、ありがとう、と。
「あははっ。告白して振ってきたのにありがとうとかさあ。超意味分かんないんですけど」
そう言って、竹田さんは僕に笑顔を向けた。
大粒の涙をたくさん流しながらの、秀麗で、とても美しい笑顔を。
『第23話 竹田さんと【2】』
終わり