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「貴様、貴様、貴様、貴様――ッ!私を誰と心得るんだ」
「ラオシュー子爵家当主、グリス・ラオシュー子爵だろ?んなこと知ってるつうの」
男は、嫌だなあ、なんて手をひらひらと振っている。そののらりくらりとした態度は、さらにラオシュー子爵の怒りを煽っていた。
確かに、人間だし怒ることはあるし、分からないでもないんだけれど、今回のは度が過ぎている気がした。もしかして、ゲームだからこういう設定にしてあるのかな? と疑うくらいには、ラオシュー子爵の態度は、あまりにも貴族像からかけ離れているのだ。それとも、闇魔法の貴族が皆こうなのか……
(いや、違う、そんなことない……)
ラオシュー子爵の標的から外れたことで、私は安堵感を覚え、彼と謎の男性……を見つめていれば、後ろからモアンさんが私に抱き付いてきた。
「わっ」
「ステラ、ステラ、大丈夫かいっ!?」
「大丈夫です。ごめんなさい。モアンさんの胃に穴が開くようなことをして」
「いいんだよ。ステラが無事ならいいんだよ」
と、繰り返すようにいうモアンさん。本当に心配かけたんだなと、反省し、私はモアンさんのしわしわの手に自分の手を重ねた。後からやってきた、シラソルさんも大丈夫だったか、と私のことを抱きしめてくれた。優しい温もりに包まれながらも、私は反省半分と、やりきった半分、といった感じで彼らの温もりを受け止めていた。
「本当にごめんなさい」
「ううん、ステラは格好いいね」
「格好いい、ですか?」
「だって、貴族に対してあれだけはっきりと言えるんだから。私は怖くてよく言えないよ。でも、ステラは凄い。確かに、声を上げることは皆出来るんだよ……しないだけさ」
「……そう、ですよね。私も、女の子が犠牲になりそうだったとき、何もしない周りの人に……ううん、これは怖いからいえないだけです。それが、人間ですから」
「ステラは、たまに凄いことをいうね」
なんて、モアンさんは感心していた。私は、そうですか? なんて答えたけれど、別にこれが初めてのことじゃない。それに、声を上げても、届かなかった経験なんて何度だってしてきたから。
それでも私が声を上げるのは、ずっと内に秘めているだけじゃダメだって思っているからと、気持ちは伝えなきゃいけないって思ったから。
(……私が気づくのが遅くて、声に出さなかったから……)
ううん、もうあれは過去の事だし、理解してくれた。そして、恋人になれたのに、引き裂かれた。声を出すことを教えてくれたのは、リースの存在だけじゃないし、リュシオルだって、周りの人だって。皆に支えられて今の私が構築されている。だから、一人前の世界に取り残された私は、皆を連れ戻すためにこうして、声を上げているんだ。例え届かなくても。
「それにしても、あれは、誰なんだい?ステラを助けてくれたのはいいけれど、今度はあの人が標的になっちまったじゃないか」
「ああ、あの人なら……」
フード付きのローブに身を包み、顔を隠している男の正体は何となくだけど気づいていた。いや、隠していても、その魔力を感知できるようになった私からしたら、誰だかすぐ分かる。何でここにいるかは、本当に分からないけど。
「おい、護衛!剣を持ってこい。彼奴の首を跳ねてやる」
「おやめください、子爵様。これ以上は……」
「貴様も私に指図するのか!」
護衛にさえあたり散らかして、ラオシュー子爵は暴走を続ける。護衛は、自分の身を案じてラオシュー子爵に剣を渡す。また、先ほど突き刺さった剣を回収し、後ろに一歩下がる。ここまで来たら止められないと、きっと諦めの境地なんだろう。
ラオシュー子爵は、なれていないような姿勢で、ローブの男に近付く。村人たちは、危険を察し、あっちこっちへと避難した。誰も、助けようとしない。まあ、そんなの、彼が望んでいるはずもないし、本人が一番分かっていることだろうけれど。
「貴様、謝るのも今のうちだぞ……」
「謝るって、何をあやまれっつうんだよ。貴族の名を汚してる奴に、謝るつもりはねえよ」
「その態度が、不敬だといっているんだ!それに何だ!私の前に立ちながら顔を見せないとは!いい加減にしろ」
「どっちがだよ」
ラオシュー子爵はガタガタとその剣先を振るわせる。本当に格好つかないからやめればいいのに、何故突っかかっていくのだろうか。
私が呆れながら行く末を見守っていれば、ローブの中から覗いた瞳とばっちりと目が合った。不敵な笑みを浮べ、ローブの男は肩をすくめる。
「金遣いが荒く、民のことを考えないだけに留まらず、女遊びも酷えのは本当に救えねえと思うぜ。貴族の面汚し。顔に、それが出てるんだよなあ」
「貴様アアアアッ!」
煽らなければいいのに、なんて思いながらも、まあ計算のうちだろうと、私は男に斬りかかっていくラオシュー子爵を見ていた。剣はまたスカッと宙を切るだけで、男はひらりとその身を翻す。当たるわけがないのだ。つんでいる経験値が違う。
「ちょこまかと動くな!当たれ、当たれ、当たれ!」
チャンバラかと思うくらい、滅茶苦茶に剣を振り回すものだから、村人たちの悲鳴が痛いぐらいに響く。誰も怪我をしなかったから良いものの、当たっていたらと考えると、本当に恐ろしい。まあ、ラオシュー子爵に、人のことを考える心はないと思うんだけど。
「はあ……」
「ステラ、ステラ。逃げよう。ここは危ないよお」
「多分、もう少しで終わるので。でも、モアンさん達は危ないので、家にいてください。私は大丈夫なので」
「で、でもお……」
「助けてくれたあの人に、お礼を言わなきゃいけないので」
そう私は、心配そうなかおをするモアンさん達に微笑みかけた。納得できる話ではなかっただろうが、モアンさん達にはここから逃げて欲しかった。万が一のことを考えて、守るけれど、それでも危険が伴うのであれば……モアンさん達は、私の言葉を飲み込んで、家の方へ駆け込んでいった。周りの人も様子を見ながら、戦いの行く末を見守っている。こんなのどう考えても……と思うのだけど。
「そこら辺の護衛の方がよっぽどマシな、剣の扱いをするぜ?ほんと、サンバでも踊ってる見てえだな」
「黙れ、黙れ、黙れ」
「語彙力もねえし、話も聞かねえし。救いようがねえわ」
そう言ったかと思うと、ローブの男は、ピタリと動きを止めた。それを見逃さず、ラオシュー子爵は好機だと剣を振りかざす。周りから悲鳴が上がる。何でそんなことするんだって、制止の声が。
「ああ、それで、俺が誰だか知りたがっていたようだったな」
「おおおおおおッ!」
「自分よりも爵位の高い貴族に決闘以外で剣を向けてはいけない。いや、そのルール自体がおかしいよな。普通は、決闘も剣も向けねえよ……爵位っつう、社会上の地位がある以上は、それを守るべきだぜ」
スパッとラオシュー子爵が斬ったのは、男のローブだった。ローブが脱げると、その中に押し込んでいた、紅蓮が花を咲くように散らばる。ラオシュー子爵はゆっくりと顔を上げ、赤かった顔が一気に冷えて青くなっていく。
肩に掛かった髪を払いのけ、ため息をつくその姿は本当に絵画よりも美しい。様になっているのが本当にイライラするぐらいの美貌。長いまつげの下に覗く満月の瞳に、長くたなびく紅蓮の髪。そんなの一人しかいない。
「き、貴様……あ、貴方様は……」
「んで、俺に剣を向けたわけだが。これは、不敬罪か?何に当たるか知らねえけど、賢いお前なら分かるよなあ。グリス・ラオシュー子爵」
先ほどまで悪役だったラオシュー子爵一気に脇役へと落とされる。だって、絶対的な強者が、きっとこの場での悪役がそこに現われたから。
「あ、アルベド・レイ公爵子息様」
「ああ、そうだな。レイ公爵家、次当主、アルベルト・レイは俺のことだな」
震えかたまるぐらいの妖美な笑みで、アルベドはラオシュー子爵を冷ややかな目で見下ろした。