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第8話:逆さ笑いのコンサート
会場には、たったひとつのルールがあった。
「笑っていない者は、入場できません」
**アミカ・ノノ(20)**は、そのルールを誰よりも信じていた。
鮮やかな赤紫のツインテールに、ライン入りのラバースーツ。
両目の下には、常時変色するLEDメイクが浮かんでいる。
ステージ上では、**“ドラックDJ”**として絶大な人気を誇る。
今日のテーマは《フルスマイル・ディスコード》。
選曲はすべて、“自然発笑率95%以上”のドラックミュージックで構成されていた。
観客たちは、ライブが始まる前からすでに笑っていた。
入口に設置された「スマイル検知センサー」を通過するには、笑顔をキープするのが当たり前。
そのとき、ひとりだけ笑っていない観客がいた。
イナギ・レオ(19)。
無造作な黒髪を短く刈り、こげ茶のロングフードを被っている。
首元には、極小スピーカーを吊るすように下げていた。
目は細く、表情は無。
彼はEDM作曲者にして、非公開音源の持ち出し許可者だった。
笑顔センサーは彼をはじかなかった。
なぜなら、その表情は“無”ではなく、抑制型の快楽波に反応していたから。
> 「笑っていないけれど、笑っていることになっていた」
ライブが始まる。
アミカが流したのは、最新のドラック曲《sunburst_sugar7》。
**“笑いが自然に起こる構成”**で、
曲が始まる前から会場は、浮き立つような空気に包まれていた。
そのとき、レオは懐から自作の小型デバイスを取り出す。
中に入っていたのは、EDM《mirror_crash_loop》。
再生時間はわずか0.9秒。
観客の“作り笑顔”を反射的に否定する、逆位相パルスが仕込まれていた。
アミカが宣言する。
「さあ、世界でいちばん笑える音、いくよ!」
会場が跳ねた。
レオが、静かに言う。
「——じゃあ、そろそろ“笑顔の終了”を流すよ」
再生。
0.1秒:観客の口角が、わずかに震える。
0.3秒:頬の筋肉が反応しなくなる。
0.5秒:視線が、空間の一点に吸い込まれるように集まり始める。
0.7秒:空気から、笑いの気配が消える。
0.9秒:沈黙。
笑顔は、すべて止まった。
だが、誰も倒れていない。
観客たちは、“自分がなぜ笑っていたのか”を忘れていた。
アミカは、立ち尽くしていた。
彼女の中の“笑う理由”も、EDMによっていったんリセットされていた。
そのとき、レオが言う。
> 「ドラックは理由を与えて笑わせる。
EDMは理由を消して、笑えなくする。
……どっちが健全なんだろうね?」
アミカは、ほんの少しだけ——
笑わずに、微笑んだ。
それは、久しぶりに浮かんだ“感情を伴った表情”だった。
その日、ライブは無音で終了した。
観客たちは、拍手もなく立ち去っていった。
笑顔だけが、どこかに置き去りになっていた。
🌀 To Be Continued…