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第9話:スマイルリカバリー
その部屋に入る者は、全員、笑うことができなくなっていた。
都市郊外の再生医療施設《スマイルリカバリールーム》。
正式名称は**「感情過使用者感応治療センター第3棟」**。
ここには、過剰なドラックミュージック再生により感情機能が摩耗した者たちが入所している。
**ヒナノ(16)**は、薄桃色のパーカーを羽織り、フードの中に隠した短い金髪をうつむき気味に揺らす少女。
瞳は琥珀色で、常に充血している。
両耳には、音響治療用のセラピーイヤーバンド。
かつて、“smile no.27”を1日12時間ループ再生していた中毒者だった。
「笑ってたのに……顔、動かなくなっただけ。
音は、心を気持ちよくしてたはずなのに。
今は……音が怖いの」
彼女は毎日、“再生ボタンを押せないこと”を恐れていた。
その施設に、ひとりの訪問者が来る。
コウマ・ナギ(26)。
長めの前髪が片目を隠し、全身黒の機材服に小型スピーカーを組み込んだマフラーを巻いている。
彼は、EDM開発局の臨床連携作曲者であり、
“ドラック音後遺症に対応する再起動型EDM”の実験運用者だった。
ナギが持ち込んだ音源は、《emotion_boot_alpha》。
再生時間:3.2秒
構成:無音→感情記憶断片音→無音→神経同期パルス
「これは、笑わせるための音じゃない。
“笑える準備”を、脳に思い出させる音だよ」
ヒナノは、ゆっくりとヘッドホンを装着する。
再生を始める。
——静寂。
——小さな“音の影”。
——鼓動のような低い波。
——ふっと、涙がこぼれる。
ヒナノは手で口元を隠した。
「……いま、ちょっとだけ、
“笑いたいな”って思ったかも」
それは、**彼女にとって半年ぶりの“感情の起動”**だった。
ナギは言う。
「ドラックは“笑わせる”音。
EDMは“笑う準備を取り戻す”音。
ぼくたちは、もう、感情を回復する音をつくるしかないんだ」
その夜、施設のカフェでヒナノはスピーカーの前に立つ。
再生中の曲は、旧ドラック系リラックストラック《float_daylight》。
でも、彼女はもう“あの曲で笑わない”。
代わりに、小さくうなずいて、静かに目を閉じる。
「……次は、自分で選んだ音で、笑えるといいな」
施設の天井スピーカーに、
ナギが仕掛けた小さなEDMの“前奏だけ”が流れた。
それは、“感情のない音”ではなく、
“感情が戻ってくる場所”を思い出すためのフーガだった。
🌀To Be Continued…