第4話:やさしい嘘
昼休みの教室。
ユイは窓際の席で、頬杖をついて空を見上げていた。
瞳の奥に疲れの色をにじませながら、ストレートの黒髪を指先でゆるく巻いている。
制服のリボンは少し曲がっていたが、直す気にはなれなかった。
「ユイちゃん、これ……昨日、貸したやつ。ありがと」
隣の席の澄音(すみね)が、そっとプリントを差し出した。
ユイはうなずいて受け取る。
でも澄音の目は、どこか伏せがちで、声も少しだけかすれていた。
そのとき、財布を取り出そうとした拍子に、“まるいもの”が音もなく転がり出た。
澄音が気づく前にユイは慌てて拾い、そっと光にかざした。
そこには、ハートの形――しかし中央には細かなヒビが走っていた。
「……なに、これ」
瞬間、教室の空気がやけに静かに感じた。
遠くで誰かが笑っているのに、音だけが薄い。
放課後。帰り道の公園、ユイは一人ベンチに座っていた。
澄音と一緒に帰る予定だったのに、「今日は寄り道してくから」と笑って言われた。
(嘘だって、わかってるよ)
澄音の声は、あの日“ユイが泣いた理由”を知っている声だった。
でも、問い詰めても仕方がない。
彼女はきっと、ユイのために“気づかないふり”をしてくれている。
「……やさしい嘘って、ずるいよね」
ユイは“まるいもの”を取り出して見る。
ヒビの入ったハートは、いつのまにか小さく輝く光に変わっていた。
その瞬間、スマホに澄音からの通知が届く。
「なんか元気なかったね、ごめん。今度ジュースおごる」
画面を見つめながら、ユイはほっと息をついた。
胸の奥に、ちいさな光が灯った気がした。
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