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「先生が……?」
思わず聞き返すと、神崎は一花をまっすぐに見た。
「面会そのものに同席できるかどうかは警察の判断になります。ただ、少なくとも一人で行かせることはできません」
「でも、そこまでしてもらうのは……」
「あなたはまだ私の患者ですから」
それだけ告げると、神崎は手元のカルテへ視線を戻した。
けれど一花には、なぜかそれだけが理由ではないように思えた。
数日後。
一花は神崎とともに、水野が収容されている警察署の留置施設を訪れていた。
担当の刑事と話をした結果、面会は認められた。
けれど、案内された廊下を進むにつれ、一花の足取りは次第に重くなっていく。
「桜井さん」
面会室へ向かう途中、刑事が一度足を止めた。
「念のため、もう一度お伝えしておきます。こちらでも何度か話を聞いていますが、水野の話は要領を得ない部分が多く、会話が噛み合わないこともあります」
「……はい」
「あなたが聞きたいことに、きちんと答えるとも限りません。それでも会われますか?」
扉の向こうに水野がいると思うだけで、身体の奥が強張った。
怖い。今すぐ引き返したい気持ちもある。
けれど同時に、母を奪った男がすぐそこにいるのだと思うと、胸の奥から激しい怒りが込み上げてくる。
怖いのか、憎いのか、自分でも分からなくなる。
ただ、胸の奥だけがひどく熱く、指先は冷たく震えていた。
それでも一花は、まっすぐに刑事を見た。
「会います」
刑事は小さく頷き、再び歩き始めた。
廊下の先にある扉が近づくにつれ、鼓動が速くなる。
何度も頭の中で考えてきた相手が、この向こうにいる。
母を奪った男。
悠真を傷つけた男。
自分の身体に、一生消えないかもしれない傷を残した男。
それなのに、水野は自分を『助けた』と言った。
その意味だけは、どうしても知りたかった。
面会室の前まで来ると、一花の指先が震え始めた。
手を握っても、震えは止まらない。
「桜井さん」
隣から神崎の声がした。
「無理だと思ったら、途中でもやめましょう」
「……はい」
一花は大きく息を吸った。
吐いて、もう一度吸う。
刑事が扉を開けた。
厚いガラスの向こうに、一人の男が座っていた。
頬は痩せこけ、伸びた髪は乱れたままになっている。
こちらが入ってきたことにも気づいていないのか、水野は俯き、何かを小さく口ずさんでいた。
「ふーん……ふ、ふーん……」
調子の外れた、子どものような鼻歌。
その妙に無邪気な響きを聞いた途端、一花の背筋を冷たいものが這った。
——水野翼。
道の向こうから、店の外から、何度も感じたあの視線。その顔を、こうして真正面から見るのは初めてだった。
帽子もフードもなく、ガラス一枚を隔てただけの距離にいる。
胸の奥に、あの頃とは違う感情が込み上げる。
恐怖よりも強い、焼けつくような憎しみだった。
水野がゆっくりと顔を上げる。
焦点の定まらなかった瞳が、一花の姿を捉えた。
次の瞬間、その目が大きく見開かれる。
「……一花ちゃん」
口元が、見る見るうちに緩んでいった。
そこに浮かんだのは、罪悪感でも怯えでもなかった。
まるで、ずっと待ち焦がれていた人がようやく会いに来てくれたような、心から嬉しそうな笑顔だった。
「来てくれたんだ」
#ファンタジー
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都築七美
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コメント
1件
神崎医師の「まだ私の患者ですから」ってセリフ、あの場面でそう言えるのがもう……信頼してるからこそ、あのひと言がすごく響きました。 そしてラストの水野の笑顔、あれは本当に怖かったです。自分を“助けた”と言う男が、待ち焦がれた人のように笑う——この矛盾の答えはまだ見えなくて、続きが気になって仕方ないです。一花の震えている指先の描写が生々しくて、その場に一緒に立っているような気持ちになりました。