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第2章:友情の崩壊
教室は、昨日よりもさらに静かだった。窓際の席に座る俺は、ノートに目を落とすふりをしながら、耳だけは周囲の気配に敏感になっていた。大樹は相変わらず無表情でノートに鉛筆を走らせている。美月は机に突っ伏し、微かに嗚咽していた。昨日まで笑いながら屋上でふざけていた面々が、いまは誰も声を発しない。空席が目立ち、教室の空気は重く淀んでいた。
「……紫苑、今日さ、帰りにちょっと話せる?」
美月の声は震えていた。俺は頷き、教室を出る。廊下を歩きながら、昨日聞いた事故の話を思い返す。優輝の行方不明は、俺の中でまだ整理できていない。どうして誰も助けられなかったのか、どうして自分は何もできないのか――そんな思いが胸を締め付ける。
廊下の突き当たりで、美月が振り返った。
「紫苑……あの、昨日の優輝のことだけど……」
言葉が途切れた。涙が頬を伝い、制服の袖で拭う姿に、俺は言葉を失った。俺もまた、胸の奥が痛く、どうしていいかわからなかった。
「……事故って、マジなんだな」
俺は小さく呟くしかなかった。美月は黙って頷く。その沈黙は、言葉以上に重く感じられた。
次の日、大樹から呼ばれて屋上に行くと、そこには新たな異変があった。昨日までそこにいた数名のクラスメイトが、突然の理由で学校を休んでいるというのだ。誰も説明してくれない。欠席の理由も、連絡もない。笑い声の絶えた教室に、さらに沈黙が増える。
「なんで、みんな……」
俺は自分の声の小ささに気づき、慌てて呟いた。大樹は無言で空を見つめ、何も言わなかった。ただ、眉間に深い皺を寄せている。あいつだって、不安なのは分かる。だが、言葉にできない。
放課後、美月と二人で帰る途中、俺たちはふと校門の前で立ち止まった。人気のない道を、誰も歩いていない。いつもなら放課後のクラブ活動帰りの生徒や、友達同士の笑い声が聞こえるのに、今日は不気味な静けさだけが漂っている。
「……紫苑、気味が悪いよね」
美月が小さな声で言った。俺は頷くことしかできなかった。胸の奥がざわつく。何かがおかしい――その予感が、じわじわと心を締め付ける。
夜になり、家でスマホを開くと、SNSには優輝の話題がちらほら載っていた。しかし、誰もはっきりと状況を説明していない。「行方不明」とだけ書かれた文字が、俺の胸に重くのしかかる。コメント欄には不安や憶測、悲鳴のような絵文字が並ぶ。俺は指先を止め、ただ画面を見つめるしかなかった。
次の日、教室ではさらに空席が増えていた。大樹が「今日は誰が欠席なんだ?」と声を出す。誰も答えない。俺も答えられない。窓の外を見ると、校庭に誰もいない。普段なら部活や遊びで賑わっているはずの場所が、異様な静けさに包まれていた。
その日の放課後、教室に一人残っていると、ふと気配を感じた。窓際の席の端に、黒い影が立っているような気がする。振り返ると何もない。ただ、心臓の鼓動が早まる。手が冷たくなるのを感じ、俺は自分が知らずに震えていることに気づいた。
その夜、夢を見た。昨日まで笑っていた友達たちが、無言で手を伸ばしてくる。触れようとすると、消える。誰も現実にはいないのに、夢の中では確かにそこにいる。目が覚めると、汗で全身が冷たく濡れていた。胸の奥の不安は、さらに深く沈み込んでいた。
そして次の日、学校に行くと、美月が教室に来ていなかった。欠席の理由は誰も知らない。大樹はまた無言で、俺と同じように胸の奥に沈黙を抱えている。
俺たちの周りで、何かが確実に狂い始めている。気付けば、俺も恐怖に押し潰されそうだった。
「どうして、こんなことに……」
俺は自分の声に震えを感じながら、机に突っ伏す。教室の壁に貼られた掲示物の影が、まるで生きているかのように揺れる。誰も笑わない、誰も声を出さない。残されたのは、沈黙と空席だけだった。