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第3章:孤独の影
教室の時計の針が、いつもよりゆっくりと動いているように感じられた。
窓際の席に座る俺、紫苑は、机の端に顎を乗せながら外を眺めていた。空は晴れている。けれど、胸の奥には厚い雲のような重さがずっと垂れ込めている。
昨日まで笑っていた友人たち――優輝、美月、大樹――の顔を思い出そうとしても、記憶がどこかぼんやりとしている。優輝は事故で行方不明になり、美月は昨日から学校に来ていない。大樹もいつも通りの無表情でいるけれど、昨日よりどこか影が濃い。教室はいつもの半分の人数しか残っておらず、空席の存在感が日ごとに増していく。
机の下で手を握りしめる。どうしてこんなことが起きるのか、どうして俺はただ見ているだけなのか。答えはどこにもない。窓の外で鳥が飛ぶ姿を見ても、心の中に安らぎは生まれなかった。すべてが、遠くの光景に過ぎない。
昼休み、誰も声をかけてこない。美月の席は空のまま、大樹はノートを閉じて窓の外を見ている。教室の隅では、何人かが小声で囁き合っているのが聞こえる。しかしその内容は、ぼやけた言葉の断片でしかなく、俺の心に届かない。皆、それぞれの恐怖を抱え、言葉にできずにいるのだ。
放課後、俺は一人で屋上に向かった。風が吹き抜け、体に冷たい感触を残す。普段なら、ここで大樹や美月と冗談を言い合い、笑い合った場所だ。だけど今日は、誰もいない。足元の影が長く伸び、校舎の壁を黒く染めているように見えた。
俺は空を見上げる。青い空なのに、胸の奥が暗く沈む。これまでの日常は、すべて幻だったのかもしれない。優輝の事故、美月の欠席、クラスの静けさ――すべてが現実の一部であるはずなのに、心はそれを受け入れられずにいる。
「……俺は、一人なんだ」
小さく呟く。声は風にかき消される。屋上に響くのは、自分の心臓の鼓動だけだ。孤独が、肌の表面まで沁み込んでくるようだ。
その夜、夢を見る。
消えた優輝、美月、大樹――みんなが、教室で手を伸ばしてくる。触れようとすると、指先は壁をすり抜ける。声をかけようとしても、無音。目が覚めると、汗で全身が濡れていた。布団に丸まって、呼吸を整えようとする。だけど、胸の奥の重さは消えない。
次の日、教室に行くと、さらに数人の席が空になっていた。大樹も今日は休みらしい。残されたのは俺だけではないかと思うほど、教室は寂しかった。誰も笑わず、誰も話さない。空席と沈黙だけが、俺の周囲に漂う。
昼休み、廊下を歩いていると、聞き覚えのある声がかすかに響いた。振り向くと、誰もいない。だけど、確かに美月の声――いや、優輝の声だったかもしれない――が聞こえた気がした。心臓が跳ね、息が詰まる。誰もいないのに、影が動いたような錯覚が、俺を追い詰める。
帰宅しても、家は静まり返っていた。母親は夜勤で不在、父親も帰宅が遅い。誰もいない部屋の中で、俺は孤独を強く感じる。電話もかけられない。LINEも、既読スルーばかり。誰かに連絡を取ろうにも、返ってくるのは無音だけだ。
日が沈み、窓から射し込む街灯の光だけが部屋をかすかに照らす。俺は机に突っ伏して、ただ時間が過ぎるのを待った。消えた友達の顔が、夢と現実の境界で揺れる。彼らがいない現実は、まだ信じたくない。だけど、信じざるを得ない。
その夜も夢を見る。
教室の机と椅子の間を歩く影――それは消えた友達の形をしている。手を伸ばすと、影は消え、空気だけが残る。俺は声を出そうとするが、喉が詰まる。目が覚めると、額から冷たい汗が流れていた。
孤独は、日に日に重くなる。教室に行くことも、誰かと話すことも、笑うことも、もう意味がないのではないかと思う。日常の光景はまだ存在するのに、心の中ではすでに廃墟が広がっている。俺はその廃墟の中で、一人取り残されている。
「……どうして、こんなことに」
俺は布団の中で呟く。声は風に消される。返ってくるのは、沈黙と影だけだ。
そして、ふと気づく。
友達が消え、教室が静まり返り、屋上も廊下も、家の中も、すべてが俺を試しているかのようだ。孤独という名の影が、日に日に大きくなる。心臓の奥で、何かが壊れていくのを感じる。
俺はもう、逃げられない――そんな絶望感に押し潰されそうになった。
夜の闇が深まるほどに、孤独は重く、冷たく、そして確実に俺を飲み込もうとしていた。