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新居の片付けと、年内に片付けておかなければならない仕事に追われた三日間、龍也からは何度かメッセージが届いたが、私の返事はひどく素っ気ないものだった。
気が緩むと龍也のことを考えてしまうから。
今もそうだ。
仕事納めの後、仲間内で軽く飲んで帰って来た。スーツを着て、ボルドーのマフラーを巻いている男性を見つけると、ドキッとしてしまう自分に、恥ずかしくなった。
龍也からのクリスマスプレゼントはネックレスだった。
細いチェーンにトップには二センチあるかないかくらいのプレート。刻まれた文字は、『Akira.T』。
着けられるはずないじゃない……。
箱に印字されているブランドは馴染みがなかったが、プレートの裏に小さく『pt900』と刻まれていて、思わずネット検索した。そして、更に身に着けることに抵抗を覚えた。
店頭での購入かネットでの購入かで価格は違うらしいが、間違いなく十万越え。
しかも、恐らく、ペア。
嬉しいやら恥ずかしいやら、嬉しいやら。
箱に収められたままのそれを眺めていると、声が聞きたくなる。顔が見たくなる。
抱き締めて欲しくなる。
蓋を閉じ、私はベッドに潜った。
目を閉じた瞬間、ベッドの頭の上のチェストの上で充電中のスマホが鳴った。メッセージだ。
龍也からではないかと、素早く確認してしまう自分が悲しい。
が、さなえからだった。
『まだ起きてる?』
日付が変わる二十分前。
『起きてるよ』と返信する。既読になって三秒で、スマホが着信を知らせた。
「もしもし?」
『あきら? 遅くにごめんね?』
声を潜めて、さなえが続けた。
『急なんだけど、明日とか暇じゃない?』
「え?」
『私、今年の年末年始は実家でゆっくりさせてもらえることになってね。ちょうど、明日は親が大斗を連れて親戚の家に行くから一人なの。少し……会えないかなと思って』
さなえとは、忘年会で大和から二人目を妊娠したと聞いて、メッセージでお祝いを伝えたっきり。
「悪阻、大丈夫なの?」
『うん。だいぶ楽になった。けど、外出はちょっとしんどくて』
「そっか。うん、明日、大丈夫だよ。実家にお邪魔していいの?」
『うん。場所、憶えてる?』
さなえの実家には、大学時代に数回お邪魔しただけだが、忘れていない。
「うん。何時がいい? 食べたいものとかあったら、買ってくよ?」
『ありがとう。じゃあ、十一時くらいに来て? 美味しいパンが食べたいな』
「わかった。大和もいるの?」
『ううん。明日は事務所の掃除で来ないと思う』
「そっか。じゃ、明日ね」
『うん。遅くにごめんね? 明日、待ってる』
再びスマホを充電器につなぎ、布団に入り、オレンジの小さな明かりを見上げた。
大和から龍也とのことを聞いたんだろうな。
大学時代、勇太と喧嘩したり、一時別れたりした時に、さなえによく言われた。
『あきらには、龍也がいいと思う』
さなえは龍也の気持ちを知っていたのだろうか。
そんなことを考えながら、目を閉じた。
翌日。
私はボーダーラインのリブニットにベージュのワイドパンツを合わせた。ニットはボルドーのボートネック。全身をチェックし、バッグを掴んだ時、ふとネックレスの箱が目に留まった。
そして、思った。
服の下になら……。
私は箱からネックレスを出し、初めて身に着けた。トップのプレートをニットの中にしまう。
休日にしか履かないボルドーのショートブーツに足を入れた。
今朝、シリアルを噛みながらさなえの実家に行く途中に美味しいパン屋がないかと探し、目星は付けておいた。地下鉄を途中下車してパンを買い、再び地下鉄で終点の一つ手前まで。駅前のスーパーで飲み物やデザートを買い込んで、バスに揺られて十分ほどで降りた。
さなえは大学卒業直前まで実家で暮らしていた。
『地下鉄はいいけど、バスがねぇ』とよく言っていた。
「いらっしゃい!」
久し振りに見たさなえは、少し痩せて、けれどいつもと変わらない笑顔。
「元気そうで良かった」
「ありがとう。ごめんね? 遠いのに来てもらっちゃって」
「全然」
さなえに促されるままに二階に上がる。記憶にあるさなえの部屋には大量の靴の箱が積まれていたけれど、それがすっかりなくなっていた。代わりに、大斗くんのおもちゃが入った箱が置かれている。
「コーヒーでいい?」
隅にあった折り畳みのテーブルを広げながら、さなえが言った。
「あ、適当に買って来た。さなえはカフェインレス?」
「うん」
スーパーで見つけたカフェインレスはコーヒーと麦茶。さなえはコーヒーに手を伸ばしたが、麦茶に変えた。
「コーヒーは後でパンを食べる時にしようかな」
私は買って来たアイスティーのキャップを捻る。
「お正月、実家には帰らないの?」
「顔は出すよ。妹がデキ婚して、もうすぐ式なんだけど、買ったマンションの完成がまだだからって旦那と実家にいるの。気を遣うし遣わせるしだから」
「そっか」
「麻衣と千尋とは連絡とってる?」
「千尋は全然。大和から話を聞いて、私に質問攻めにされたくないんだろうけど。薄情だよね」
さなえが口を尖らせた。
「軽蔑……されたくないんだよ」
「あきらも?」
「え――?」
「あきらも軽蔑されたくなくて、龍也とのこと隠してたの?」
視線を彷徨わせ、小さく頷いた。
「バカだね」
「ごめん」
「するわけないじゃない」
「……ごめん」
「――っていうか! あきら、そんな器用じゃないじゃない。龍也のこと、好きなんでしょ!?」
今度は大きく頷く。
「じゃあ、なんで――」
「――私、子供を産めないの」