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麻衣に話したように、さなえに話した。
子宮を摘出したこと、勇太と別れたこと、龍也に慰められたこと。
龍也の子供を産んであげたいのに、産めないこと。
さなえはじっと聞いていた。
途中、何か言いたげに口を開いたけれど、最後まで黙って聞いてくれた。うんうん、と頷きながら。
服の下のネックレスを握り締めていることに気づいたのは、話し終えてペットボトルに手を伸ばした時。掌に汗をかいていて、プレートの痕が赤くなっていた。
「――ホント、バカなんだから」
「ごめん」
「どうしてそんな大事なこと――」
「――ごめん」
子宮を失った頃、さなえの妊娠を知った。
正直、羨ましいと思ったし、悔しかった。妬ましかった。
子宮を失ったことよりも、勇太と別れたことよりも、さなえへの感情を知られたくなかった。
大好きな仲間なのに、さなえとは同級で同じ学科でずっと一緒に頑張ってきた。
そんなさなえに対して、一瞬でもそんな感情を抱いたことを、私自身認めたくなかった。
「気づけなかった私も、バカだね」
「違う。さなえは――」
「――どんな気持ち……で、大斗を抱いたの?」
「え?」
それまでほとんど無表情で聞いていたさなえが、瞬く間に目に涙を溜め、零した。
「さなえ――」
「――あきらっ! 大斗が生まれた時、会いに来てくれたじゃない。可愛いって抱いてくれたじゃない。どんな気持ちで――っ」
「――龍也がいてくれたから……」
「……?」
「龍也が……、『大和さんとさなえの子供なんて、俺たちの子供も同然だ』って……言ったから――」
生後二週間の大斗くんを抱いた時、その温かさと、匂いと、柔らかさに、感動した。
その話をした時、龍也が目を細めて笑った。
その表情が、マフラーに頬擦りした時の顔と重なる。
本当はあの時、龍也を抱き締めたかった。
龍也が大斗くんの話をする私を抱き締めてくれたように。
けれど、出来なかった。
龍也は、いつまでこんな風に私を愛してくれるのだろう……。
「怖いの……。いつか龍也を失うくらいなら、このまま友達でいたい――っ!」
声が震える。
身体が熱い。
頬が濡れる。
「あきら……」
「結婚するって信じてた勇太の子供を亡くして、勇太にも裏切られて、龍也にすがって。でも、もう……龍也を失ったら、今度こそ……私――」
「――そんなの、あきらだけじゃない!」
少し大きな声できっぱりと言い放ったさなえの声に、ハッとする。
「あきら、龍也と立場が逆でも同じことを思う?」
「え?」
「この世の中に、子供を産めない人がどれだけいると思う? 子供が産めても、産めない環境の人もいる。男性が原因で子供が出来ないこともある。あきらが子供を産める身体で、龍也が子供を作れない身体だったら、それを理由に龍也を捨てるの!?」
『俺も子供が作れない身体だったら――』
不意に思い出す。
私が別れを告げた時の、龍也の言葉。
胸の奥でじわりと鈍い痛みが広がる。私は無意識に、ペンダントを握り締めた。
「龍也が去勢したら、受け入れるの?」
「さなえ、なんてこと――」
「お互いに子供が作れなかったら、なんの問題もない?」
「……」
龍也もそんな風に思って、あの言葉を口にしたのだろうか。
「あきら、酷なことだってわかってるけど、言うね。この世の中に、今の自分に満足していて、何の躊躇いもなく幸せだって言いきれる人がどれだけいると思う?」
「なにを――」
「――あきらにしてみれば、好きな人と結婚して、好きな人の子供を産んで、これ以上ないほど幸せに見えるかもしれないけど、私はあきらや千尋や麻衣が羨ましくなること、あるんだよ?」
「なんで――」
「――好きな仕事をして、自分のための時間を持てて、好きな人に自分だけを愛してもらえるの、羨ましいって思う時があるの。子供は……大斗は可愛いし、お腹の子供も大切だよ? だけど、この子が出来た時――」
そう言って、さなえが両手をお腹に添える。
「――また、大和に触れてもらえなくなる、って思ったの」
「え?」
「ずっとレスで、あきらたちのお陰でやっと解消されたのに、子供が出来たら……またレスになるって、思った。すごく久し振りに大和に抱き締められて目を覚ました時、昔に戻ったみたいですっごく幸せな気持ちになれたの。だけど、妊娠したら大和は私に触れなくなるし、大斗はまた私にべったりになって、この子が生まれたらそばを離れられなくなる。その間に、大和が浮気したら? 育児でボロボロになる私を女として見られなくなったら? そのまま、またレスが続いたら? そんなこと……思った」
「さなえ……」
「子供がいても……、こんな風に悩んで、子供がいない人を羨んだりするんだよ。あきらが、子供のいる家庭を羨むのは、誰と結婚しても同じなんだよ。龍也でも、龍也じゃなくても。だったら――っ! 龍也がいいよ」
さなえの、目に涙を溜めて私を見つめる表情は、祈るような、縋るような、女同士でも守ってあげたくなるくらい儚げ。
麻衣といい、さなえといい、どうしてこうも可愛くて堪らないのか。
私はティッシュの箱から三枚引き抜き、さなえの涙をそっと拭った。
「ないものねだりをするのが人間、だもんね」
「そうだよ」
心理学の講義にあった。
『人間はなぜ、隣の芝生が青く見えるのか?』
さなえと議論した中で、最も夢中になったテーマ。
途中から、女が女に嫌われる典型は、とか、話がズレちゃって、大笑いしたっけ。
「隣の芝生が自分のより優れているところを探してばかりいる人間はぁ……、ただのひ、ま、じ、ん、だっ!」
さなえの言葉に、私はプッと吹き出した。
心理学の教授の言葉。
さなえがその教授の当時の口調を真似するから、おかしくて堪らない。
「子供を持つ女性を羨む暇もないくらい、龍也に愛されてなよ」
「さなえ……」
「私は、子供のいないあきらたちを羨む暇もないくらい、子育て頑張るから」
「頑張り過ぎは……良くないよ?」
私の言葉に、さなえの表情が綻ぶ。
「頑張り疲れた時は、子供たちの面倒を見てよ。そうしたら、ゆっくり大和に癒してもらえるし」
大和さんとレスで悩んでいたさなえとは別人のよう。母親の、妻の余裕を感じる。
けれど、それも、精一杯の強がりなのかもしれない。
そう思うと、私は自然とさなえを抱き締めていた。
「うん。たまに、子供たち貸して? 母親の真似事、してみたい」
「あきら……」
「ありがとう、さなえ」