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るしゅ
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短編小説 2/? 1/? 1/?
「
「さあさあ、皆様。最近は一層、騒がしい世になってきましたね。
そういえば、こんな噺をしたことはありましたかね?時代は江戸。1740年代。ある武家と少女の噺でございます。
―センスを叩く音が鳴り響く―
「おあき、今日の噺も実に見事だった。お前の語る椛(もみじ)は、まるで目の前で風に舞っているかのようだ」
『夕刻時。燃えるような巨大な椛の木の下。五月雨(さみだれ)はいつものように目を細めて笑っておったんです。彼女は武家の出でありながら、男装をして寺子屋を開き、領民のために尽力する奇特なお人だったんですよ。おあきにとって、自分の拙い噺をこれほどまでに慈しみ、肯定してくれる五月雨は、凍てつく飢饉の時代に見つけた数少ない「光」だったんです。』
「もったいないお言葉です、五月雨様。私はただ、この木のように、誰かの心を一瞬でも赤く染められたらと思っているだけで……」
「ははは、お前は卑怯だな。そうやって謙遜しながら、私の心をいつも奪っていく」
『それが二人の、決まり文句だったんです。
身分も、境遇も、性別さえも隠した境界線の上で、二人は「噺」を通じて魂を寄せ合っていた。あの時、確かに約束したんですよ。「この地を守り、人々の笑顔を守ろう」と。五月雨の愛蔵する───に誓った、幼くも気高い約束だった、はずだったん…ですよ…。』
」
―――――――――――――――――――――
ところが時代という濁流は、そんな小さな約束を容易く飲み込んでいく。
享保の大飢饉。
わたしの家族は飢えに喘ぎ、ついに生きるために禁じられた「強訴」へと手を染めた。それを鎮圧しなければならないのは、この地の治安を預かる武家、五月雨の役目だった。
「五月雨様! お願いです、彼らはただ、明日を生きるための米が欲しいだけなのです!」
わたしは屋敷の庭で泥にまみれて訴えた。だが、五月雨の表情は、かつての温かさを剥ぎ取られたように冷徹だった。
「おあき、それは理想論だ。法を破れば秩序が乱れる。秩序が乱れれば、さらに多くの民が死ぬ。……お前は、少しこの屋敷に居すぎて、現実が見えなくなったようだな」
その言葉は、心に致命的な亀裂を入れた。
その言い草はないでしょう…!
わたしの家族はあなたの起こした政策で住処を追われ、餓死寸前まで追い詰められているんですよ…!しかし。そんな言葉が喉元まで出ようとしていたが、
「……そうですか。あなたにとって、私の叫びは、ただの『噺』に過ぎなかったのですね」
わたしは噺をすることができなかった。それからというもの、五月雨は次第にわたしから距離を取り、酷く疲れきった顔をするようになった。さらに家臣からも鋭い視線を露骨に向けられるようになり、わたしは孤立していった。
やがて絶望のなか、私は屋敷を追放された。
家族の悲鳴と、かつての親友への憎悪。それらが混ざり合ってわたしの精神は異形へと変質していった。
…。
わたしたちが出会ったあの椛の木の下へ向かった。
もはや、美しい景色などいらない。
誰かを笑わせる言葉など、この世にはもう必要ない。
「見て、五月雨様。これが、私の最後の『噺』ですよ」
わたしは震える手で刃を握った。
まずは、口を叩き切った。 二度と嘘に満ちた幻想を、理想を語らぬように。
次に、目を抉り取った。 都合の良い景色だけを見せるこの世界を拒絶するために。
そして、耳を削ぎ落とした。 慈しみ深いふりをした、あの人の声を聞かぬように。
五感を自ら断ち、鮮血で椛の根を赤く染め上げながら、朽ちていった。
その怨念は地を這う根のように深く、暗く、執念深く――。
かつての親友を殺すためだけに。
―――――――――――――――――――――
ある村、夕刻。
「ねえ、聞いた?」
「聞いたって何をさ?」
「いやーね。おきく、巳魈の話に決まっているさね。」