「髭モジャよ、お前、すげーなぁー、牛まで、操れるのかよ!」
「いや、よく、わからんが、若、という牛は、ワシに、懐いてくれてのぉ。そういえば、御屋敷にやとわれた初日に、言うことを効かない牛を、動かしてくれと、女童子《めどうじ》が、飛び込んで来て……あれから、色々あったわいなぁ」
フムフムと、髭モジャは、頷きながら、昔に浸り始めた。
「で、紗奈《さな》、遠い目をしている髭モジャじゃあ、話しにならんから、置いといてと、若、じゃない牛だと、何がどうなるんだ?」
新《あらた》が、屋敷の、裏方事情を聞いてきた。
「えっと、それは、兄様ーー!!」
「ああ、別に、牛の事、話しても構わないよ。あのですね、若、は、若い牛なので、力が違うのです。とにかく、本気になったら、車を引く力も、速さも、並みじゃない。だから、急ぐ時や、守近様の出仕の時は、若、なんです」
へえーと、休憩小屋の男達は、驚いた。
「でもですね、このところは、他の牛を使っていたので、何事も、時間がかかって。守近様のお戻りも、やや、遅くなっておりました。なので、私どもは、油断して、守近様のお出迎えも忘れ、守恵子《もりえこ》様の房《へや》で、内大臣様の御屋敷の姫君のことを、話していたのです」
「ん?」
と、新《あらた》の勢いが、止まった。そして、集まる男達も、同様に、不思議そうな顔をする。
「なあ、新よ、内大臣様の御屋敷に、姫君なんて、いたか?」
と、西国からの荷受担当の頭《あたま》。
「……オレも、記憶にないぞ。確かに、昔は、いらっしゃったが、今は、伴侶に恵まれて、別に御屋敷住まいをされているはず……」
と、船運び担当の頭《あたま》。
「おーい、ちょっと、おかしな事になってるぞ!」
新が、呼びかける。
と、休憩小屋の入り口の筵《むしろ》が、バサリと、捲《まく》り
上げられて、若衆が、駆け込んで来た。
「あー!もう!頭達!ここに、集まってたんですかい!探しましたぜ!急な荷受が入って来て!困ってるんで!」
お?と、集まる、頭衆が、入り口へ向いた。
「西国の頭、そんな、話、ありましたかい?」
新の問いに、西国からの荷受担当は、
「船運びよ、お前とこに、通っていたか?」
と、船運び担当の頭に問った。
皆、知らぬ存ぜぬで、本当に、急な荷受話しのようなのだが、若衆が言うには、遠路から運ばれて来た荷の、積み降ろしだけ、頼みたい。運びの、台車や、人足は、用意出来ていると、事を急いでいるのだとか。
「なんだい、そりゃ」
「おいおい、そこまで、揃えてるんなら、てめぇーらで、積み降ろしも、やりあがれ」
「てーか、妙じゃねーか?そんなら、荷受の場所を使う、で、いいだろうよ?」
各々の、役割の頭達は、あーだこーだと、言い合っている。
「頭ーー!オレらには、まとめられねーんで、なんとか、してくださいよ!」
若衆が、泣きついて来た。
「んーなもん、勝手にどうぞ、てめーらの、配下で、片付けておくんなせぇ、で、いいだろ。どうせ、皆、船の停泊代、荷受場の管理代、払ってるんだ。何の文句がある?」
と、新が、呆れながら言うと、すぐに、若衆は、
「それが!例の、黒づくめの男と、痩せぎすの仕切り屋なんで、下手な事は、言えねぇっと、思って、頭達を、探してたんだ」
若衆は、眉尻を下げて、困窮している。
おい、それは……、頭、と、呼ばれる男達は、顔を見合わす。そして、
「それって!!」
と、追うように叫び声が響いた。
「紗奈《さな》、どうした?」
「それ、もしかしたら、屋敷に現れた、琵琶法師かもしれない!黒づくめなんでしょ!新、確かめに行きたい!」
ちよっと、待ったあああーーー!!紗奈、やめろーーーー!!!
すぐさま、兄、常春の動揺しきった声が、流れてきた。
「兄様、心配しないで!新も、髭モジャもいるんだから!」
常春は、水瓶に落っこちそうになっていた。
妹が、また、やらかす!
しかも、かなり、厄介そうな相手、いや、その輩こそ、襲って来るであろう、賊ではないか。
「やりたいように、させておきなさい。皆がいるから、紗奈は大丈夫。それより、常春様は、春康様の所へ、早くお行きなさい」
「ですが、ですが、橘様!」
橘は、慌てふためく常春を無視して、水瓶に向かい、
「新殿!紗奈を頼みます!そして、その、輩、泳がして見ませんか?」
と、言った。
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