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#戦国時代
眠狂四郎
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#戦国時代
眠狂四郎
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眠狂四郎
153
「なんということを……」
バルカの声が震えた。
「お前たちは……なんということをしたのだ。」
返事はなかった。
地面には、一人の男が横たわっている。
幾度となく戦場で刃を交えた敵将。
何度追い詰めても立ち上がり、何度罠を仕掛けても笑って突破してきた男。
マルス。
その男が、もう動かない。
バルカはゆっくりと振り返った。
マハル。
そして、マゴ。
二人の表情を見ただけで、何があったのか理解した。
正面からの戦いではない。
待ち伏せたのだ。
少数の供回りしか連れていないところを襲い、殺した。
「……そうか。」
バルカは目を閉じた。
怒りが込み上げる。
だが、それを二人へぶつけることはできなかった。
(そうさせてしまったのは……この私か。)
マルスさえいなければ。
あの男さえ消えれば。
何度そう口にしただろう。
何度、部下たちの前で憎悪を露わにしただろう。
二人はただ、自分の望みを叶えようとしただけなのかもしれない。
バルカはマルスの傍らに膝をついた。
そして、その手から指輪を抜き取った。
戦場で何度も見た指輪だった。
それを掌の上でしばらく見つめる。
「皮袋を。」
差し出された小さな袋へ、指輪を入れた。
「これはグランへ返す。」
誰も口を開かなかった。
「遺体は丁重に弔え。」
「……将軍。」
「敵将としてではない。」
バルカは静かに立ち上がった。
「一人の英雄として葬れ。」
そして再び、マルスを見下ろした。
(わかっておらぬ。)
マハルも。
マゴも。
おそらく、この場にいる誰も。
(グランは戦闘国家だ。)
敗北には耐える。
何万という兵を失おうとも、また軍団を作る。
将を失おうとも、新しい将を送り出してくる。
だからこそ、恐ろしい。
だが――。
(このようなやり方は違う。)
戦場で討ち取ったのなら、彼らは受け入れただろう。
敵ながら見事。
そう言って、剣を取り直しただろう。
だがこれは違う。
(騙し討ちで英雄を殺されたと、彼らは考える。)
バルカには見えていた。
この男の死を知ったグランの民が。
兵士たちが。
元老院が。
そして――ライナー王が。
怒りに震える姿が。
「……終わった。」
マゴが顔を上げた。
「何が、です?」
バルカは答えなかった。
ただ、遠い北の空を見つめた。
終わったのだ。
講和への道が。
グラン軍にとっての訃報は続いた。
タレントから王都へ向かっていたファービーが、
道中、突如として馬上から崩れ落ちた。
供の者たちが慌てて駆け寄った時には、すでに意識はなかった。
そのまま――。
ファービーが再び目を開くことはなかった。
長年にわたる戦争。
休む間もなく続いた軍務。
敗北した軍の再建。
兵の徴募。
都市の防衛。
そして、バルカとの終わりなき戦い。
その身体は、とうの昔に限界を越えていたのかもしれない。
こうして、ライナー王の剣と盾は、ほとんど時を同じくして姿を消した。
マルス。
そして、ファービー。
一人は剣となって敵へ立ち向かい。
一人は盾となって国を守り続けた。
もし二人がいなければ――。
グラン王国は、とっくにこの世界から姿を消していただろう。
王宮。
ライナー王は、一人で小さな印章を眺めていた。
バルカから届けられた、マルスの印章だった。
何度も見たものだ。
軍令書に。
報告書に。
そして、くだらない冗談を書きつけた手紙にまで。
今はただ、王の掌の中にある。
ファービーも逝った。
マルスも逝った。
ライナー王は印章を握りしめ、静かに目を閉じた。
(神は二人を私のもとへ遣わし――)
(そして、連れ去っていくのか。)
しばらくして、王は自嘲するように小さく笑った。
(いや……神ではないのか。)
窓の外へ目を向ける。
そこに神の姿はない。
天を見上げても、答えはない。
(ここに、神はおらぬのだから。)
やがてライナー王は印章を卓上へ置いた。
「この印章を――」
侍従が頭を下げる。
「マルスの家族のもとへ。」
「はっ。」
それだけだった。
ライナー王は再び窓の外へ目を向けた。
マルスは死んだ。
ファービーも死んだ。
一つの時代が、終わった。
だが――。
戦争は、人の死を待ってはくれない。
そのころ。
南ナガグツの、とある軍営では――。
「なーにがスピリタスだよ。」
幕舎近くの酒場の奥で、一人の男が大杯を煽っていた。
「スパルーニャへ行くのは、本当は俺だったんだ。」
空になった杯を乱暴に卓へ叩きつける。
「それを、あのじじい……。」
男は忌々しそうに顔を歪めた。
「ファービーのくそじじいが、えこひいきしやがって。」
「ネルロ、もうそれぐらいにしとけよ。」
見かねた友人が止めに入る。
だが、ネルロはその手を乱暴に払いのけた。
「うるせえ。」
新しい酒を注ぎながら、なおも愚痴は続く。
「おれを誰だと思ってる。」
「それがなんだ。スピリタスはスパルーニャ遠征の英雄で、
おれはバルカの見張り番?」
鼻で笑う。
「手を出すな、手を出すなって、うるせーんだよ。あのくそボケ。」
「お前なあ……。」
友人が頭を抱えた、その時だった。
「ネルロ将軍。」
部下の一人が足早に近づいてきた。
「お耳を。」
「なんだよ。」
ネルロは杯を差し出した。
「お前も飲め。どうせバルカなんて出てこやしねえよ。」
「いえ……。」
部下はネルロの耳元へ顔を寄せ、小声で何事かを告げた。
「…………。」
ネルロの手が止まった。
酔いに濁っていた目が、わずかに細くなる。
「なんだと。」
もう一度、部下が耳打ちする。
今度はネルロの顔から完全に笑みが消えた。
「……本当か?」
部下が頷く。
「このことを知っているのは?」
再び短い報告が返ってくる。
ネルロはしばらく黙っていた。
そして、卓上の酒杯を押し退けた。
「悪い。」
「水、持ってきてくれ。」
「水?」
「いいから。たっぷりだ。」
運ばれてきた大杯の水を、ネルロは一息で飲み干した。
さらにもう一杯。
口元を袖で拭い、両手で自分の頬を激しく叩く。
パンッ――。
乾いた音が酒場に響いた。
先ほどまで管を巻いていた酔っ払いは、もうそこにはいなかった。
ネルロは立ち上がる。
「地図を持ってこい。」
「それと、使える騎兵の数を調べろ。」
友人が怪訝そうにネルロを見る。
「おい……何があった?」
ネルロは答えなかった。
ただ、口元に笑みを浮かべる。
「俺にも――」
待ち続けていた獲物を見つけたような目だった。
「運が回ってきたか。」
コメント
1件
ああ…第78話、読み終わりました。もう、胸がぎゅっとなる展開でしたね。 バルカがマルスの死を受け入れて、「一人の英雄として葬れ」って言ったところ、すごく重かったです。ずっと敵同士だったのに、その最後を悼む気持ちがあるんだなって。でも「騙し討ち」って知った時、もう戦争が終わる道は閉ざされたんだな…ってぞっとしました。 それに、ファービーも…まさかこんな形で。ライナー王が一人で印章を握りしめてるところ、本当に切なかったです。 最後のネルロ、急に酔いが覚めて地図を出させるシーン、ゾクッとしました。新たな火種、来ますね…続きがすごく気になります。眠狂四郎さんの重厚な戦記、大好きです。