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眠狂四郎
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#戦国時代
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コメント
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第79話、めちゃくちゃ面白かったです!ネルロ将軍の自由奔放すぎる行動に笑いっぱなしでした。「知るわけがない」「たぶん俺しか知らん」のコンボ、最高です(笑) 一方でリウィウスの胃が痛くなるような状況描写も丁寧で、軍律破りのネルロをどう裁くのか、勝った方の首が飛ぶんじゃないかとハラハラしました。ハスドルバルが兄からの返事が来なくて不安になる心理描写もじわっと来ますね…続きが気になります!
「よーし、お前とお前。それから――そこのお前。」
ネルロは兵士たちの間を歩きながら、次々と指を差していった。
「剣を見せてみろ。」
差し出された剣を眺める。
「よし、合格だ。次!」
たまらず、副官が口を挟んだ。
「ネルロ将軍、これはいったい……?」
「今しゃべるな。選抜中だ。」
「選抜って……」
「次! そこの騎兵! 馬も連れてこい!」
そうして一通りの選抜が終わった頃には、騎兵を中心とした七千名ほどの軍勢が出来上がっていた。
副官は嫌な予感を覚えながら、もう一度尋ねた。
「将軍……これは、いったい何をなさるおつもりで?」
ネルロは答えなかった。
代わりに七千の兵を前にすると、胸を張って演説を始めた。
「諸君!」
兵士たちの視線が集まる。
「喜べ!」
副官の嫌な予感が確信に変わった。
「諸君らは、この英雄ネルロ様の選抜軍に選ばれた!」
ざわめきが起こる。
ネルロは満足そうに頷いた。
「光栄に思うがよいぞ!」
「将軍……。」
「また我々の国に、鼠が一匹侵入したらしい。」
副官の顔色が変わった。
「よって我々は急遽出陣し――これを討つ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
副官は思わずネルロの前へ飛び出した。
「ネルロ将軍! 我々はそんな命令、聞いておりません!」
「ん?」
「ファービー総司令に知られたら、ただでは済みませんぞ!」
ネルロはきょとんとした顔で副官を見る。
そして鼻で笑った。
「何を言っている。」
「は?」
「あのスピリタスの失態の尻拭いを、この俺様がしてやるのだぞ?」
胸を叩く。
「ありがたがりこそすれ、ファービーが俺を叱る道理がない。」
「いや、しかし――」
「むしろ責められるべきは、ハスドルバルを逃がしたスピリタスの方であろう。」
ネルロの中では、すでに話は完結していた。
敵将ハスドルバルがグラン本土へ侵入した。
スピリタスが逃がした。
自分が討つ。
英雄になる。
これほど分かりやすい話もない。
「よし、決まりだ。」
ネルロは馬へ跨がった。
「お前は留守番な。」
「は?」
「ちょっくら行ってくる。」
「そんな……どうなっても知りませんよ!」
ネルロは副官の言葉など聞いていなかった。
七千の兵を率い、意気揚々と陣営を出ていく。
その背中を見送りながら、副官はただ一つだけを祈った。
――どうか、ファービー総司令にばれませんように。
この時。
ファービーの死は、まだこの軍には知らされていなかった。
北ナガグツの守備を任されていたのは、リウィウスだった。
その兵力、二個軍団――およそ三万。
決して少ない兵ではない。
だが、届けられた報告を前に、リウィウスは驚きを隠せなかった。
「……もうアルペスを越えたというのか。」
ハスドルバル。
バルカの弟が率いる軍勢は、予想をはるかに上回る速度でアルペスを踏破し、
北ナガグツへ侵入していた。
兄バルカがかつて成し遂げた侵攻を、弟が再現しようとしている。
いや。
状況は、あの時より悪いかもしれない。
戦争は長すぎた。
何年にもわたる徴兵。
軍事分担金。
穀物の供出。
そして、終わりの見えない戦争。
グラン王国を支えてきた主要都市、同盟都市から、
ついに徴兵を拒む声が上がり始めていた。
軍事分担金の支払いを拒否する都市まで現れている。
表向きは、まだ王国に従っている。
だが――。
リウィウスには分かっていた。
これは反乱の兆しだ。
そして、さらに悪い報告がある。
ガラリアへ放った間諜から届いた情報だった。
『現地部族の多くが、ハスドルバルに好意的な姿勢を見せています。』
リウィウスは地図を見つめた。
北ナガグツ。
その向こうにはガラリア。
そして南には――バルカがいる。
兄と弟。
二つの軍勢が合流する。
それだけは、絶対に許してはならない。
だが、問題はそれだけではなかった。
もし、この北ナガグツで自分が敗れれば。
グラン軍敗北の知らせは、瞬く間に各地へ広がるだろう。
徴兵を拒んでいる都市はどうする。
軍事分担金を拒んでいる同盟都市は。
ガラリアの部族は。
そして今なお、どちらにつくべきか迷っている者たちは――。
(もし、負ければ……。)
リウィウスはそこで思考を止めた。
考えたくなかった。
いや。
考えてはいけなかった。
これは三万対何万というだけの戦いではない。
一度の敗北が、次の離反を生む。
一つの離反が、また次の離反を呼ぶ。
そして気づいた時には――王国そのものが崩れている。
「……ここで止める。」
リウィウスは地図上のハスドルバル軍へ指を置いた。
「何としても、ここで止める。」
その時だった。
幕舎の外が、妙に騒がしくなった。
「何事だ。」
「はっ……!」
駆け込んできた兵士も、どう説明したものか迷っている。
「南から、我が軍と思われる一団が接近しております!」
「我が軍?」
「騎兵を中心に、およそ七千!」
リウィウスは眉をひそめた。
「援軍の予定など聞いていないぞ。」
「それが……。」
兵士は一度、言葉を詰まらせた。
「ネルロ将軍の旗です。」
「…………何?」
リウィウスは、しばらく動かなかった。
北ナガグツへ侵入したハスドルバルの進軍は、驚くほど順調だった。
行く先々で金銀を惜しみなくばらまいた。
ガラリアの部族長たちへ贈り物を送り、
兵を出す者には報奨を約束し、
さらに傭兵八千の調達にも成功する。
日に日に、軍勢は膨れ上がっていた。
「兄者が南ナガグツに敵の目を引きつけておいてくれたおかげだ。」
ハスドルバルは上機嫌だった。
「このまま進めば、十万の兵を率いて兄者と合流することもできよう。」
卓上の地図へ目を落とす。
北ナガグツから南へ。
その先には、兄バルカがいる。
兄弟の軍勢が合流すれば、もはやグランにそれを止める力はない。
そして――。
ハスドルバルの指が、地図上を滑った。
「もう、グラン王都はすぐそこだ。」
長かった。
スパルーニャを失い、多くの兵を失い、それでもここまで来た。
あと少し。
あと少しで兄に追いつく。
兄弟二人で、グラン王国にとどめを刺す。
そのはずだった。
だが――。
ハスドルバルの表情から、わずかに笑みが消えた。
(しかし……。)
(兄者からの返事が来ぬ。)
すでに五人の伝令を送っている。
一人ではない。
二人でもない。
五人だ。
いずれも長年軍に仕え、敵地を抜ける術を心得た腕利きの者たちだった。
一人くらいなら、途中で捕まることもある。
二人なら、不運が重なったとも考えられる。
だが――五人。
そして誰一人、戻ってこない。
(まさか……。)
嫌な考えが頭をよぎる。
(兄者に何かあったのではあるまいな。)
ハスドルバルは首を振った。
あり得ない。
あの兄だ。
十年以上もの間、グラン全土を相手に戦い続けてきた男。
何度包囲されようと。
何度補給を断たれようと。
何度新たな軍勢が送り込まれようと。
生き延びてきた。
(兄者に限って……。)
それでも。
胸の奥に生まれた小さな不安は、消えなかった。
「もう一人、伝令を出せ。」
「はっ。」
「今度は二人一組だ。別々の道を使わせろ。」
「承知しました。」
ハスドルバルは再び地図を見る。
あと少しなのだ。
あと少し南へ進めば――。
兄がいる。
そう信じていた。
その頃。
ハスドルバルが放った伝令の一人は、
すでにネルロの手に落ちていた。
「こ、これは……まことかっ!」
手紙を読み終えたリウィウスが、勢いよく顔を上げた。
そこには、ハスドルバルからバルカへ宛てた軍事書簡。
進軍経路。
現在の兵力。
そして――合流地点まで記されている。
リウィウスは信じられないものを見るように、ネルロへ振り返った。
「ああ。」
ネルロは何でもないことのように答えた。
「間者を捕まえた後、敵陣へ通じる街道は全部封鎖させた。」
「全部……?」
「念のためにな。別の道から来る奴もいるかもしれん。」
リウィウスは再び手紙へ目を落とした。
これが本物なら――。
ハスドルバルは、兄バルカと連絡が取れていない。
つまり敵はまだ、こちらがその進軍経路を把握していることを知らない。
先回りできる。
待ち伏せもできる。
そして何より――。
兄弟が合流する前に、ハスドルバルを討てる。
「ネルロ殿。」
「ん?」
「時間がありません。」
「ああ。だから急いで来た。」
「このことを総司令は?」
「じじい?」
ネルロは首をかしげた。
「知るわけがない。」
「…………。」
「たぶん俺しか知らん。」
「…………。」
リウィウスは黙った。
ネルロを見る。
七千の兵を見る。
もう一度、ネルロを見る。
そして――頭を抱えた。
(この者は……。)
ようやく理解した。
(この者は、何も分かっておらぬ。)
ファービー総司令からの命令を無視し。
独断で持ち場を離れ。
勝手に七千もの兵を選抜し。
そのまま北ナガグツまで連れてきたのだ。
軍律違反どころの話ではない。
(ファービー総司令ほど、軍律に苛烈な方はおられぬぞ……。)
下手をすれば、敵より先にネルロの首が飛ぶ。
「……ネルロ殿。」
「なんだ。」
「あなた……帰ったらどうするおつもりです?」
「帰る?」
ネルロは不思議そうな顔をした。
そして、にやりと笑った。
「そりゃ凱旋式に決まっているだろう。」
「いや、そういう意味ではなく……。」
ネルロはリウィウスの肩を叩いた。
「心配するな。」
「は?」
「俺の凱旋式の次の日は貴公の凱旋式だ。俺がとりなすよ。」
「…………。いやそうではなくて。」
リウィウスは天を仰いだ。
(軍率違反なのだが……。)
むしろ――。
(勝った方が怒るのでは。)