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白山小梅
12
#借金
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仕事中に余計なことを考えるのは良くないと思っていても、やはり昨夜の昴の様子が気になってしまった。
朝はあんなに意気揚々と出かけて行ったのに、一体何があったのだろう。彼が話そうとしないのに、問い詰める気にはなれず、普段と変わらない朝を過ごした。
早紀さんとケンカでもした? しかしすぐにその考えは消えた。あの二人はそういう感じではない。昴は早紀に依存しているようにも見えるが、彼女の相手はきっと今も昴だけではないだろう。むしろ一時の関係を楽しんでいるだけの二人が、ケンカをするなんて考えにくい。
いや、逆に長い付き合いだし、情が湧いていたりするのだろうかーーそれならケンカもあり得る。パソコンを打つ手が止まり、ツキンと痛んだ胸をギュッと押さえた。
その時、隣に座っていた珠姫に肩を叩かれ、ハッと我に返る。
「七香、課長が呼んでるよ」
「えっ、あっ、ありがとう」
「何か考え事でもしてた?」
「ううん、なんでもない。大丈夫だよ。ありがとう」
立ち上がって課長の机まで早足で歩いて行く。すると課長が心配そうに七香を見た。
「大丈夫? 呼んでも反応しないから……どこか具合でも悪いのかい?」
「いえ、ちょっとボーっとしてしまって……何かありましたか?」
「あぁ、実は人事の方から、この書類のことについて聞きたいことがあるって言われて。担当してたの、島波くんだったよね」
部長から手渡された書類には、明らかに七香の名前が記述されていた。
「確かに私ですが……何を聞きたいのでしょうか。特に何か問題があるような内容ではない気がしますが……」
「僕もそう思ったんだけどねぇ。申し訳ないんだけど、あとで一度人事部に行ってきてもらってもいいかい?」
「……わかりました」
小さな声で答えたが、本音を言うと人事部にはあまり行きたくなかった。というのも、最近はわざと岩田を避けるように行動をし、彼からの誘いを上手くはぐらかしてきたので、なるべく顔を合わせたくなかったのだ。
いい人なのはわかっているのだが、仕事も含めてそこまで深く関わったり話したことはないのに、突然二人きりで食事に行こうと言われて正直困惑していた。
きっと翔子たちに相談すれば、『それがデート』と言われてしまうだろう。でもその言葉が当てはまるのは、少なからず互いに恋愛寄りの好意が存在する時であって、今の七香には到底当てはまらない。そうなると、二人で食事をする意味も理由も見当たらなかった。
席に戻ると、珠姫が手を止めて七香の方に向き直る。
「部長の用事、何だった?」
「うーん、なんかこの書類のことで、人事部が聞きたいことがあるんだって」
七香は部長に手渡された書類を珠姫に差し出した。それを手にした珠姫はサッと全体を眺めてから、眉間に皺を寄せる。
「これのどこに聞く部分があるの?」
「だよねぇ。私もそう思う。それにその書類の担当が……」
人事部の担当者の名前が記入された部分を指差すと、珠姫は納得したように息を吐いた。
「なるほど、岩田さんか。そういえばあれから食事は行ったの?」
「行ってないよー。っていうか、なるべく顔を合わさないように生活してきたから、岩田さんももう誘ったことすら忘れてるかなぁって思っていたんだよね」
「そうしたら、人事部から突然の呼び出し……」
「自意識過剰かもしれないけど、何かが起こりそうでちょっと不安……」
「確かに、次に誘われたら断るのは難しいかもね。もし誘われたらとりあえず一度だけ行ってみたら? そこでさり気なく、彼氏がいるって嘘つくのはどう?」
「実際はいないのに? そんなのってすぐにボロが出ちゃう気がする」
「じゃあ好きな人は? 前にいたことがあるなら想像しやすいんじゃない?」
「好きな人か……」
珠姫に言われたように、頭の中で昴のことを思い出してみる。可愛くてキュンとすることは多々ある。好きなところはーーそれと同じくらい想像が出来た。
だがそれは少し怖いことに思えた。彼の好きなところを考えるほどに、自分の中の奥深くに押し込めた気持ちと記憶が、じわじわと蘇ってくるような感覚に陥る。
彼のことを友だち以上に考えてはダメ……じゃないときっと悲しくなるだけだからーーあえて頭の中で岩田のことを思い出しては、やはり彼ではないと思って頷いた。
「そうだね。どうなるかわからないけど、考えてみる」
「それに私がついて行ってもいいからね。もし岩田さんが七香と二人でって言ったら難しいけど」
「うん……その気持ちだけで嬉しいよ。ありがとう」
珠姫の優しさに心が温かくなる。大学時代も社会人になってからも、こうして自分のことを心配してくれる人がいることは幸せだと感じた。
「よし、今ちょうどタイミングいいし、とりあえず行って来ちゃおうかな」
「わかった。何かあったら連絡してね」
「うん、ありがとう」
後回しにしたっていつかは行かなきゃいけない。それならば早めに終わらせようーー七香は席を立つと人事部に向かった。