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「僕、死にたいんです」
蒸し暑く、湿気が酷い季節になってきた6月の始めに、僕と三浦先生は教室で向かい合っていた。
外は土砂降り。
その天気はまさに、僕の心情を表しているかのようだった。
対して、僕の情けない言葉を受け取った三浦先生はというと。
「じゃあさ。俺が行こうとしてた呪いの館ってやつ、行ってくれない?」
ちゃらんぽらんと、軽い口調で何の脈絡も感じ取れない返し方をされた。
「あの、先生。僕の話、聞いてました?」
「うん。聞いてたよ? 聞いてたさぁもちろん。だから提案してるんだよ」
「はぁ……」
思わずため息をついてしまう。
というよりも、この先生に相談したのが間違いだったのかもしれない。
友人に話すべきだっただろうか。
長身のイケメン体育教師、三浦湊。
性格は明るく、いつも楽しそうにニコニコとしている。
それ故に女子生徒から大人気。
絵に描いたような完璧な教師だが、ただ一点、変わった所がある。
それが先ほどの提案に繋がる。
「……オカルト趣味を、何でここでひけらかすんですか。タイミングおかしくないですかね」
いわゆるオカルトオタクというやつらしい。
ネットで有名な都市伝説スポットを巡るのが趣味らしい。
スポット巡りが終わった休み明け、時折手足が絆創膏だらけで登校してきたのを見てゾッとした。
そこまでして、巡りたいものなのだろうか。
僕がツッコミを入れると、三浦先生はケラケラと笑う。
「確かに相談なのにね。ウケるね」
何がだよ。
シンプルに腹が立つ。
顔が無駄にいいから余計に腹が立つ。
こういうどこかズレたコミュニケーションを他の生徒にもすることが多いから、一部の生徒からやべぇ思考してるサイコパス教師と揶揄されている。
実際何を考えているのか検討もつかないが、僕にとっては悪い先生とは思えない。
……じゃなきゃ相談なんてしないし。
彼に相談した理由としては、まず話しやすいこと。
基本的に明るい性格だから、何を言ってもマイペースに答えてくれると思ってたから。
それから一番の決め手はやはり顧問の先生で、なんだかんだ指導はしっかりしてくれていたからだ。
僕が死にたい、消えたいと思ってしまった原因の陸上部の顧問をやっている。
……いや違うか。
その陸上関係を巡るSNSでの誹謗中傷で、僕は消えたいって卑屈な思いを抱いてしまった。
僕という存在そのものを否定するような、そんな誹謗中傷を目の当たりにしてしまって、消えてしまいたくなった。
そんなものを見なければいいとは分かっている。
……それでもSNSを元々使ってたからか、どうしても気になってみてしまった。
自業自得といえばそれまでだ。
だからこそ、自分自身が嫌になってしまう。
指導してくれた三浦先生に申し訳ないとも思ってる。
……それはそれとして、この態度は如何なものかとも思う。
まぁそういう先生だから、気軽に相談できたのもあるけど。
せめてアドバイスでもしてほしい。
ひとしきりゲラゲラ笑い終えた三浦先生は、涙目になりながらも僕に話しかける。
そんなに面白かったかな。
「いや分かるよ。お前が陸上のことで悩んでるのはよぉく分かるさ。だからこその提案さ」
「……三浦先生なりのアドバイス、ってことですか?」
「そうそう! まぁ俺の趣味についていける同士を増やしたいってのも、もちろんあるけど」
「……そっちが本音でしょ」
僕が愚痴を吐くようにそう言うと、三浦先生はまたゲラゲラ笑い出す。
言わなきゃ良かった。
確かに、サイコパスと言われてもおかしくない笑い方だ。
「否定はしない。ただ陸上とは全く無縁のことをしてみるってのも、俺はいいと思うんだよ」
「それは、一理ありますが」
「だろだろ? んでさ、これ見てほしいんだけど」
三浦先生は自身のスマートフォンを、僕に差し出す。
素直に受け取って画面を見てみると、そこには美しい少女が、遠目にこちらを見つめていた写真が映し出されていた。
「……死神人形?」
「お? 流石に知ってるか」
死神人形。
ネットで昔から噂になっていて、今ではすっかり有名になっている都市伝説の一種。
その人形に出会うと寿命が削られるとか、呪い殺されるとか、散々な噂が立てられている。
……それが本当だとしたら、この写真を撮った人の命が危ない気がするけど。
「そりゃまぁ……有名ですからね。この子がどうしたんです?」
「この人形が出るっていう噂の館に行ってみてほしいんだよ」
「は?」
やはりサイコパスなのだろうか。
生徒にそんなヤバそうな場所に、一人で行かせるものなのか。
「……冗談ですよね?」
「なんだビビったか? まぁ俺自身も半信半疑だけどさ」
「いやそういうことではなくて、こんな館まで一人で行かせるのが意味分かんないですよ」
「そうか? 結構近いんだけどな?」
「いやだから……はぁ」
何だかまともに対応するのが馬鹿らしくなった。
風の噂では、三浦先生はオカルトが絡むとヤバい奴になるとは聞いていたが、ここまで面倒くさいとは正直思っていなかった。
あまり人のことを悪く言いたくないけど、ここまでめんどくさいとそう思ってしまう。
「……大体この写真の信憑性もその噂も、本当かどうか疑わしくないですか?」
「だから直接見に行くんだって」
「……三浦先生は、なんでそこまでオカルトにこだわるんですか」
僕が口を尖らせて言うと、三浦先生は真顔になる。
はっきり言って、異常なほど都市伝説スポットに執着している。
そこまで楽しいものなのだろうか。
三浦先生は先ほどの明るい顔とは打って変わって、心底真面目な表情で語る。
「俺、現実はつまらないもので満たされてるなぁって常々思ってるのよ」
「……はぁ」
「だからさ、こういう非日常に出会えるかもしれないっていう場所に行くことが生きがいなんだよね。きっとお前も行ってみれば分かるよ多分」
「生きがい、ですか」
「今のお前にはきっと、生きがいがないんだ。だから死にたいなんて言葉が出るんだよ」
最初に言った言葉が、今になって返ってくるとは思わなかった。
僕が答えないでいると、三浦先生はいつも通りニコニコとした表情を浮かべる。
「まぁあくまで俺の提案だしな。気分転換にいいと俺は思ったんだ。それに、そもそもいないとは思うし。宝探しみたいなもんよ」
「……これが気分転換になる三浦先生は、ヤバい教師ですよ」
「はは。ウケるよな」
だから何がだよ。
……でも、確かに陸上のことを考えなくて済むっていう意味では、気分転換にはなるかもしれない。
僕は中学から高校生になるまで、陸上のことしか頭になかった。
記録が伸びている時期は確かに楽しかったし、周りの期待の眼差しも正直満更でもなかった。
ただそれにだけ執着しすぎたのか、他のことが頭に入らなかった。
ならこれは、いわゆる転機というやつなのか。
だとしても、もっといい気分転換の方法があるもんだとは思うけど。
かといって、他の方法をやろうとか考えることが自分にはできない。
……じゃあ何もしないよりかは、行ってみてもいいか。
先生も同じようなこと言ってたけど、ツチノコを探しに行ってみるようなものだ。
陸上を離れてからは、家に引きこもることが多かった。
普段やらないことをやるせっかくの機会だし、行ってみてもいい。
そう三浦先生に話すと、先生の表情がより明るくなる。
その後、僕は先生から交通費を受け取り、その場所のマップなどをメールで送ってきた。
我ながら狂ったことをしようとしてることは、自覚している。
でもこれはそう、ある種の自殺願望なのかもしれない。
仮に本当にいたとしたら、死神人形に殺してもらえる。
僕はこの時、そう考えてしまった。
狂っている。
思考もこの行為も。
三浦先生のあの提案も。