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(やばばばばばばっ!どれくらいヤバイかって?こんな例えをしても充実した青春を謳歌している若人共にはわかるまいが、最前線を放棄して、別の部隊の担当地域まで脇目も振らず逃げてしまう程にヤバイ!普段から上手く例え話の出来ない自分が、より一層それが出来なくなるくらいにヤバイ。語彙力?何それってなるくらいに、とにかくマズイ状態なのだ!)
——などと、五朗が勝手にナレーター的思考をしつつ、院内の廊下を全速力で走っている。
現在進行形で使用中の病院であれば説教もののシチュエーションだが、幸いな事に此処は廃墟だ。彼を注意すべき存在は何処にもおらず、たまに立っているのは亡霊系の敵くらいなので五朗が叱責される事はない。本来ならばそれらの存在を倒しつつ廊下を進まねば進路に支障をきたすはずなのだが、今の彼にはそれらが出来ず、敵を全力で無視しながらひたすら一目散に悪路を走っている。敵がリンクし、彼等を追いかけ、それすらも振り切ってとにかく突き進む。
『なっ⁉︎ちょ、ど、どうしたんですか?急に、一体っ』
「黙って!いくらキュートで可愛い貴方でも、今は静かに!」
何かを目撃した瞬間、突如説明も無く五朗に体を無遠慮に掴まれ、彼の着ている病衣の中に突っ込まれたソフィアは不満タラタラな状態だ。全力で走っているせいか若干汗臭く、洗っても洗っても消えきっていない蓄積された微妙な異臭も重なって、鼻の無い彼だろうが癇に触る。だが今はそんな苦情を申し立てていい状況ではない事だけは察し、ソフィアはじっと五朗の胸に寄り添いながら耐える事にした。
そもそもの、事の始まりは何だったのか。
五朗が慌てて急に走り出し、焔達に任せたはずの左棟へ走り始めてしまったきっかけを、この状況に耐えながらソフィアが回想し始めた。
あれは確かほんの数分前だったはずだ。『ポンッ』とちょっと抜けた音が五朗の側から不意に鳴り、【クエストに新たな参加者が追加されました。難易度が変更となります】という案内が彼らの前にうっすらと表示された。
『おや、何ですか?それは』
「コレっすか?便利っすよー、変更事項とかシステムに追加があった時とか、イベントが始まったタイミングなんかにこうやってお知らせが届く様に、基本設定を変更してあるんっす」
『そんな機能がその世界にはあるんですか』
「あれ、もしかして初期の状態のままっすか?ソフィアさんは。んじゃ後で変更方法を教えましょうか」
『んー……いえ、いいです、今のままで。いくら害の無い通知でも、目の前に急にそんなものが現れたら、純真な主人だと警戒心を丸出しで叩き壊そうとしてしまいそうなので』
「さっきの通知パネルは触れないんっすけどねぇ。でも、触れない物へ急に攻撃をかます、猫みたいな主人さんが見られるのかもと思うと自分的には逆に、設定弄りたくなるっすねぇ」
『早々に死にたいのですか?』
「いえ……その帰り方だけは勘弁して欲しいっす。ちゃんと魔王を倒して、最高の好条件で戻るのが今の自分の最大の目標なんで。一人で三年耐えたからにはそれなりのご褒美もらわんと、いくら好きな世界観でも、異世界転移なんかやってられないっすからねぇ」
そう言う五朗の顔はしみじみと過去を振り返っている様子だったが、心底どうでも良かったのでソフィアはさらりと流した。
「——さて、と」と言いながら、五朗が今来た道を振り返り、メインホールへと引き返して行く。
「新しい参加者が来たのなら、自分達だけでも先に合流しておきましょうか」
『新しい仲間、ですか。……そんな急に、喧しいのが嫌いな主人がお認めになるでしょうか』
「いえいえ、これはこのクエストだけの限定的なメンツっすよ。一期一会ってやつっす。どうしたって当たり外れがあるでしょうから、ちょっとドキドキしますね」
『随分とお詳しいのですね。貴方もまともなクエストは初めてだったはずでは?』
「三年も異世界に居りゃあ、未経験でも色々詳しくもなりますって。意味はかなり違うっすけども、ある意味では耳年増的な?それに、所詮はゲームっすからね、どうしたって既存のシステムと似たり寄ったりになるもんだから、その辺は安易に想像で補えます!」
『……はぁ』
「探していたキーアイテムも一個ゲット出来てるし、早速どんな奴か見に行きましょう!」
『……まぁ、いいですけど。参加したのに誰とも合流出来ず、そのお方が途方に暮れても可哀想ですしね』
「でしょ?流石っす、ソフィアさん!」
——と、和気藹々とした雰囲気のまま二人は道を引き返して行ったはずだったのが、それがどうだ。走りに走って【対象者】から距離を取り、今の彼らは息を殺し、そこかしこに転がっている椅子と椅子の隙間に隠れ、『絶対に彼だけは守る』という決意でもしているかの様に五朗がギュッとソフィアを抱きしめている。
(『今はこっちに来ちゃダメだ』って主人さん達には連絡を入れたけど、意味通じたかな。焦って何口走ったか、もう自分でも覚えてないっすよぉ。めちゃくちゃ高くても、全財産叩いて一個くらいは死者復活系のアイテムを買っておけばよかったぁ!あ、リアンさんなら使えないかな。見るからに魔法得意そうだし、使えるといいなぁぁぁ)
半泣きになりながらガタガタと震える五朗の近くを、ずる……ずるっ……と、大剣かと思う程のサイズをした箒を引き摺りながら、清掃員っぽい作業着を着た男が通り過ぎて行く。上から下まで真っ黒で、清掃員のはずなのに手足には漆黒の鎧が装備されたままだ。そのせいか、男が一歩、また一歩と歩くだけで、ガチャンッガシャンッと微かに音がたち、静まりかえっている廃病院の中でやけに響いた。
(『警備員』の方がお似合いの風貌なのに、『清掃員』かよ!確かに、清掃員も病院には超必須は職業。『関係者』っすよね、うんうん。でも何で清掃員の格好なはずなのにめっちゃ怖いんっすか?あれじゃぁ中身の無い中世の鎧が怨念まみれになって徘徊しているみたいな雰囲気じゃないっすか!)
「……クエストメンバーは何処だ?もう、かなり奥へ進んだ後なのか?」
男の発したバリントンボイスが響く移動音と重なり、五朗の恐怖心を煽る。その声の持つ威嚇にも似たトーンが、『悪いごはいねぇかぁぁ』と徘徊するナマハゲを連想してしまい、五朗の体が一層震え出した。
『清掃員』の格好をした年配の男はあくまでも新たなクエスト参加者のはずなのに、その姿と声には警戒心しか抱けない。一見しただけでかなりの高レベル者であるとわかるのに、頼もしさは微塵も感じず、ただただ恐怖心と猜疑心が五朗の全身に駆け抜ける。索敵能力の高い五朗ではこの男が放つ危険度を人一倍強く感じ取ってしまい、『お!よろしくっすー』などと、緊張しつつも気軽に話しかけ、『一緒にクエストクリア目指しましょうね!』などというやり取りを、相手が迷惑そうにしていようが自分が後悔しないで済む為だけに空気も読まずにする度胸すらも奪っていく。焔に対し感じてしまう怖さとは違う、絶対に勝てない強敵を前にした時にも似た不安が、味方から隠れるという行為を選ばせてしまう。
足音が少しつづ遠ざかり、五朗がほっと安堵の息を吐いた。
でも隠れた場所から出るのはまだ怖くて、躊躇してしまう。巨大な鋏を持った男からひたすら隠れ続けるゲームをプレイしている時に感じた気持ちを思い出し、『あんな怖いゲーム二度とやらねぇ!って思ったのに、まさか実体験する羽目になるとは……異世界恐るべし!』などと考えながら、少しだけ視線を破れた床から椅子と椅子の隙間へとやった瞬間、大きく見開かれた黒曜石色の瞳と完全に視線がぶつかり、五朗の喉から「ヒッ」と短い悲鳴がこぼれ出た。
フェイクだったのか。
何処かへ去っていく様だった、あの足音は。
そんな余裕なんか微塵も無いクセに、『やられた!』と叫びたい。読めるのなら辞世の句だってしたためておきたいくらいな気分だ。瓦礫や転がる椅子の隙間から見える瞳なんざぁ、恐怖としか言いようがない。眼光は鋭いくせに垂れ目がろうが、本当はその場限りの仲間だろうが、だ。
「……何故隠れている?敵でもいたのか?」
全くもってド正論を口にしながら、清掃員の格好をした男が五朗の周囲を囲んでいた長椅子や瓦礫を蹴り飛ばし、着ている病衣の首根っこを掴んで易々と彼を持ち上げた。ごく普通の平均的な体格であるとはいえ五朗だってれっきとした成人男性だ。元ニートだろうが筋肉なんか悲しいくらいに少なかろうがその事実は変わらないのに、この男にとってそんな事は瑣末事でしか無いのだろう。
(アンタから隠れてたんですぅ!)
などとは口が裂けても言えず、「追われてて……リンクしちゃって……はい」と、まぁあながち嘘でも無い事を五朗が小声で呟いた。胸の中にはしっかりとソフィアを抱き締め、一片の欠片も見せぬよう病衣で隠している。
「あぁ、そうか。それなら心配するな。さっき軽くいなして、始末しておいたぞ」
「ありがどうございまず……」
ブランと持ち上げられたまま、一応礼を言う。このままでは苦しいので早く降ろして欲しいのだが、それも言いづらい。
「他の仲間は、何処だ?」
「……他の?」
下手な事を言ってはマズイ気がしてならず、そのせいかいつもの様には声が上手く出てこない。
「お前がクエストリーダーの『権兵衛』か?」
(…… え?主人さんの名前って『権兵衛』って言うんすか?古風だから隠したかった、のか?…… いやぁ何か違うな。あぁぁぁぁっ!『名無しの権兵衛』からもじったあれっすね⁉︎じゃあ、じゃあ、えっと、今自分は言うべき言葉は——)
「そうっす。自分が、『権兵衛』っす。……えっと、貴方は?」
目の前の彼だって今回限りの仲間なはずなのに、こんな危険そうな男にやっと手に入れたパーティーメンバーを売る気なんぞさらさら無い五朗が即座に判断し、真顔で断言した。
「オレか?俺の名は『ケイト』だ。いい名だろう?結構気に入っているんだ」
とても落ち着いた、漢らしい笑みを浮かべながら言われ、五朗が首肯しながら激しく同意する。そんなワケだからもうそろそろ降ろしてくれないか?と視線だけで訴えると、やっと持ち上がったままになっていた体を床に降ろしてもらえた。
即座に視線を周囲にやり、点滴スタンドに見た目の変わっている鉈を探したが、残念な事にそれは逃げている最中でどこかに忘れてきてしまった様だ。
「で?お前は一人なのか?」
二度も同じ事を訊くという事は、ケイトとかいうこの男は、クエストの総参加人数を知らないという事だろう。ただ手伝いに来てくれただけかもしれない彼には申し訳ないが、どうしてもこの男を信用出来ず、五朗は「一人っす」と答えた。
「……ほぉ?じゃあ、腕の中に隠れている、ソレは——何者だ?」
スッと目を細めながらソフィアの事を指摘され、五朗はビクッと体が反応しそうになった。それでも必死に隠そうと腕に力を入れたのだが、ソフィアは自らのっそりと動き、病衣の隙間から角っこを出してしまった。
「ダメっすよ!何で出てくるんっすか」
五朗が語気を強めながら小声で言い、中へと押し戻そうとする。
『貴方だけにこの者の対応を押し付けるとか、ワタクシには無理です!』
主人の存在を隠そうとした事を高く評価し、ソフィアはケイトの前にカルテと化しているその身を完全に晒した。『そんなに自分って頼りないっすか⁉︎』と言いたげに五朗が見てきているが、何か不穏な気配があれば自分が彼を守るか、逃げてもらう手助けをする気持ちでいっぱいだ。
「彼のカウントの仕方は『冊』なんで、人数としてはカウントしません!」
そう断言し、ケイトとソフィアの間に五朗が割って入る。
「それに、それにぃ!彼は自分の嫁なんで!隠して何が悪いんっすか!」
『……っ(はぁっ⁉︎)』
明後日の方向へ開き直った五朗をじっと見て、ケイトが次の瞬間にはふっと優しげに微笑みを浮かべた。
「そうかそうか、そいつは悪かったなぁ。そうだな、隠すよなぁ、己の嫁なら。他の奴になんざぁ絶対に見せたくない。コイツの様に、懐にしまっておけるような体格なら尚更だろうよ。同じ立場ならオレだってそうする」
悪い奴じゃ無いの、かな?と、五朗が懐柔されそうになってしまうくらいケイトが穏やかな笑顔を浮かべている。しかも激しく同意までしてくれて、その場を誤魔化す為の嘘であるとは絶対に言えない状況になってしまった。なのでソフィアは空気を読み、二人の言葉を否定も肯定もしない。ただひとまずその場に浮かんだまま、様子を伺っている。
「じゃあ、他にはまだ此処に集まっていないのか」
「転職系のクエストっすからね。転職条件厳しくって、そもそも不人気ですし」
自分も『魔毒士』なんて職業の存在をリアンに言われるまで忘れていたくらいだし、難易度も高く、『集まっていない』とも言葉にはしていないので嘘はついていない。
「それもそうだな」
あっさりと同意し、ケイトが頷いた。
「……じゃあ、別の質問だ。背がスラッと高く、長い黒髪がとても美しい、氷のように冷淡な瞳をした、品のある所作の、ちょっと気怠げな雰囲気をした褐色肌の美人には会わなかったか?」
「……美人?ウチの嫁以外の……美人……」
所々共通点のある者の存在が一応は頭に浮かんだが、どうやったって完全には一致せず、五朗は「いいえ、一度も無いっすね」と、微塵も嘘の無い瞳で言い切った。
髪は短く、粘着質で執着質な褐色肌の美人と言われていればリアンを連想してしまっただろうが、気怠げな美人である一面なんぞ一度も見た事が無いので、きっとケイトは別の者の話をしているのだろうと判断したのだ。
「じゃあ、『召喚士』はどうだ?」
「……これまた、珍しい職業っすね。自分は『山賊』っすよ?『勇者』とか『召喚士』とか、そういった有名で人気な職業とは無縁っすよ」
これまた何とだって受け取れる言い回しをして、五朗が嘘を吐くことを回避する。
思った事をそのまま口にするタイプなので、嘘は得意じゃない。そんな事をしては声色でバレてしまうかもと思うと、一言一言を発する度に五朗の精神がすり減っていく。
「そうか。高レベル向けの此処になら参加していると思ったんだが、ハズレだったか。勘は良い方なんだが、仕方がない。まぁ、最初から当たりを引ける訳もないよな」
ふぅと残念そうに溜息を吐いているケイトから、そっと視線を逸らしたい気持ちになってしまうのをグッと堪える。『当たってるし!召喚士なら居るし!』と、考えてしまいそうになる事すらも必死に我慢した。
「邪魔したな。他を探すとするから、すまんがこのクエストからは離脱させてもらうぞ」
「あ、了解っす。……あ、でも自分も最後に一つ訊いてもいいっすか?」
「おぉ、何だ?」
「その……探し人は、ケイトさんの大事な人なんすか?」
「あぁ、オレの奥さんだ」
ケイトは平然とただの願望を言ってのけた。そもそも探されてしまっている当の本人にはそうなる気が微塵も無いのだが、当然ケイトはその事を五朗に言う気は全く無い。
「マジっすか!それは絶対に見付けないとっすよね、自分も応援してるっすよ!ってか、そんな感じの人を見付けたら『ケイトさんが探していたよ』言っておきますわ!」
『奥さんなのなら探し人は、主人さんラブにしか見えないリアンでは無いな!』と五朗が確信し、要らぬお節介を焼く。明らかにもう関わらない方が得策であろう相手なのに、余計な事を言った五朗に対して『アンタって人は!』とソフィアは思うが、言葉にして言うのをグッと耐えた。
「そうか。なら頼もうか」
リアンを見付ける事が出来るのなら、敵対している人間でも遠慮なく使う気満々なケイトが、五朗とフレンド登録の準備を始めた。
褐色肌の美人を追い、しかも召喚士まで探している男なんか絶対に距離を置くべき存在だとわかるソフィアが頭を必死に働かせ、一計を講じる決意をする。
『……浮気、ですか?』
「へ?」
『フレンド登録を私の前で意気揚々と始めるとは、浮気ですね⁉︎あーこれは大変だ、離婚の危機ですよ?もう駄目ですね、ケイトさんと仲良くどうぞ。ワタクシはもう去りますので、今からはお二人でどうぞごゆっくり!』
ペコッと頭を下げるみたいにし、ソフィアは右棟の方向へと移動を始めた。左棟には焔とリアンが居るので、少しでも距離を置きたい。
「ちょ!ま!違うし!浮気じゃないし!有り得ないっすよ!」
登録作業が完了する手前で中断し、五郎は操作パネルを消してソフィアを追いかけ始める。とんだ小芝居だったが、幸いにして五朗もケイトもその事に気が付いていない。
「……これは、止めておいた方が良さそうだな」
ははっと笑い、ケイトも半透明のパネルをサッと閉じる。
「じゃあまた会う機会があった時に、もし情報を持っていたら聞かせて欲しい。それならいいか?」
『……まぁ。そのくらいなら、浮気とまでは』
「了解っす!お任せ下さい」
「それでは、失礼する。二人の邪魔をしてしまって悪かったな」
「いえいえ。早く見つかると良いっすね!」
「あぁ、絶対に早急に取り戻してみせるさ」
二、三言葉を交わし、ケイトがクエスト専用エリアである廃病院から立ち去って行く。そんな彼の姿を見送りながら五朗は、「……良い人でしたねぇ。あんな警戒心丸出しにしちゃって、悪い事したなぁ。自分はやっぱ所詮は山賊なんっすねぇ。ポンコツですわ、サーチ能力も」とこぼす。
『本当にそうですね!どうせ勘違いで過剰に警戒するのなら、最初から最後まで警戒し続けて欲しいものですよ、全く……』
だがしかし、五朗の索敵能力は完璧だった。彼が『勇者』か『召喚士』であった場合は、リアンを連れ立っていなくても、確実に即ケイトの手で問答無用の元に殺されていたのだから。