98 淡井恵子の番外編8
◇素子
ギリ30才までになんとかゴールインした従姉の長居素子。
彼女には大学時代の親しい友人が3人いるらしいが皆、23才25才27才と
それぞれ若くして会社員と恋愛結婚でゴールインし、すでに子供のいる友達も
いて、 自分だけが取り残されてしまう形になっていた。
なので、28才を過ぎた頃
『これで妹の琴子の方が先に嫁に行ったりしたら……うっあーっ、最悪』
といつかの日、彼女が吠えていたのを思い出す。
そんな素子だったが父方の叔父とお相手の紹介者が高校の時の同級生という
つながりでの見合いをした。
素子の夫で歯科医の島崎純平が紹介者歯科医の大学での後輩になる。
美晴は、愛嬌があって裏表のない琴子のことは好きだが、実のところ
5才年上の素子のことは子供のころから苦手だった。
見た目は美人で顔立ちもやさし気で申し分なかったが、相手を素早く値踏みし
自分にとって必要のない人間、下の人間だと判断すると、面と向かう場面であってさえも、
決して視線を合わせないという徹底ぶり。
いとこ同士なのでよく知っているが、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、
つい先ほどもそのような場面に出くわした。
夫になる純平さんの叔母にあたる人が息子さんたち二人と一緒に、セレモニーの一貫で
最後の挨拶に彼ら夫婦二人の前に来てくれていたのに、素ちゃんは
その叔母にあたる人に対してまともにちゃんと視線を合わすことをせず、
誠実に言葉を交わすことはなかった。
のらりくらりと笑顔で対面している風を装ってはいるけれど、視線が空中を
彷徨っていた。呆れた。
少し離れてその一部始終を見ていた私は、その叔母さんの瞳の中に、
ある想いが籠っていることを感じた。
『美人だけどこんな初っ端から親戚づきあいもできない女を息子の嫁にして、
姉さんも苦労するわね。私は金輪際この不調法な甥の嫁とは付き合わないわ』
純平さんは腕の良い歯科医で年収もすごいらしい。
友人たちの最後にゴールインした素ちゃんは世間でいうところの
玉の輿に乗ったわけである。
ただ、昔素ちゃんはこんなことを話していたことがある。
『男女ともにデブという存在は許せない。
特に自分の恋人や伴侶になる人が太っているなんて絶対無理』
って言ってたのにね。
肩書と収入に負けて純平さんで妥協したのだ。
そう、だって純平さんはかなりのおデブ―なのだ
99 淡井恵子の番外編9
◇淡井恵子の所業
まぁ、こんなふうにいろいろと素ちゃんのことを考察することのできた
お式の最後のセレモニーを終え、仲の良い琴ちゃんと私はお手洗いへと
向かった。
ちょうどそこにはホテルのスタッフらしき人たちがいて、淡井恵子たちの
殺傷事件のことを話しているところだった。
私と素ちゃんは目配せしてすぐにトイレに入った。
「ね、今日すごい事件っていうか、刃傷沙汰があったらしいんだけど
何か知ってる?」
「すごかったよねー。
所謂三角関係のもつれ?
あれっ、夫婦間のことでもそう言ってよかったのかな?
ちらっと聞いた話では刺されたのが旦那さんで、刺したのが奥さんだった
らしいって。
だから最後に詰め寄られてたのが浮気相手なんでしょうね。
明日の新聞に載るかも」
「どうして浮気相手の女じゃなくてご主人を刺しちゃったんだろう?
普段からモラハラなんかもしてたどうしようもない人間だったのかしら」
「うん、そこ、同じく。
まぁ私だったら、自分以外の女と夫の身体を共有するだなんてとんでもなく
気持ち悪くて一緒に暮らすのも嫌になると思うけど……それでも裏切り者の
ために捕まるなんていうのはよけい嫌だから、刺すっていう選択肢はないけど、
どちらを刺すのかっていう究極の二択を訊かれれば女のほうかな、やっぱり。
ドロボー猫のほうをやっつけたいわ」
このスタッフたちの会話からますます淡井恵子の泥棒猫説が重厚になったため、
益々私は淡井さんがどんな酷いことを仕出かしたのか、
もっと詳しく知りたいと 思うようになった。
従姉の素ちゃんも一癖ある人間だが、淡井さんに対しても前々から癖のある
好きになれないでいた人間のうちの一人だったからだ。
ほんの少しの好奇心がなかったと言えば嘘になるが、これからも同じ職場で
働かなければならない相手ということもあり、美晴は大枚を叩いて
恵子のこれまでの所業を調査会社に依頼して調べてもらうことにした。
そして……調査会社の調べで分かったこと。
あの事件は親しい友人、水野桃の夫、俊との浮気で、しかももう会わないと
言う俊を脅して強引に会っていたという事実が明るみになっており、
妻の桃にも俊と会うことをわざわざ知らせて嫉妬させるように仕向けていた
ことなど、淡井恵子のしたことは悪質極まりなかった。
他にも余罪がないかと友人関係をあたったところ、過去にやらかしたことも
2件ほど出てきた。
いずれも友人の恋人や旦那を誑かし関係を持っていて、友人たちからは
絶縁されている。
流石に仕事を失うリスクは取れなかったのか? はたまたターゲットに
できる相手が社内にいなかっただけの話なのか、今のところ、職場で
そのような揉め事は起こしていないようだ。
……と、淡井恵子の調査結果が手元にきた頃はそんなふうに見ていた
美晴だったが、あれから2年の時が過ぎた現在、恵子は新井や市川に
同時に手を出そうとしていた。
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