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第1話:仮面が落ちた日
空から、それは静かに降ってきた。
白く無機質なマスクが、街の空を埋め尽くすように舞い降り、地面に硬い音を立てて散らばっていく。
ユイナは足を止め、その光景を見上げていた。
彼女は黒髪のショートボブ、冷たい藍色の瞳を持つ少女。
着ているのはベージュのジャケットに黒いプリーツスカート、どこにでもいる高校生のはずだったが、その目には他人の仮面を透かしてしまう“何か”があった。
足元に落ちた一枚のマスク。ユイナがしゃがんで拾い上げると、それは彼女の手の中で微かに熱を帯びる。
その瞬間、脳裏に黒い封蝋の手紙が直接焼き付くように浮かび、彼女は理解した。
これを使えば「なりたい自分」になれる――だが、代わりに何かが奪われるのだと。
マスクは意志を問うことなく、ユイナの右手に吸い込まれるように融合した。
次の瞬間、地響きのような音が近づき、ビルの角から一人の男が飛び込んでくる。
黒いスーツに赤い仮面。口元だけが不自然に笑ったその男は、マスクを装着してすでに力を得た者だった。
言葉は交わされず、男はそのまま空中で体をひねり、火炎をまとった衝撃波を放つ。
爆音が響き、地面が裂け、ユイナの立っていた場所に火花が散る。
とっさに飛び退き、彼女は建物の影に隠れながら男を見据えた。
その視界に、数値と文字が浮かび上がる。マスクの耐久、感情の色、敵意の濃さ。すべてが見える。
見える――この人の仮面の奥にある「本当の姿」が。
自分でも知らないうちに、ユイナの目が光を宿していた。
マスクと融合した瞬間から、彼女には“中身”が見えるようになっていたのだ。
彼女は一歩踏み出し、左腕を前に出す。
空気が張り詰め、彼女の手に白銀の仮面の模様が浮かび上がる。
それは防御も攻撃も持たない代わりに、すべてを見通す“視覚”の力。
その一瞬で、男の仮面にヒビが走った。
驚愕に目を見開いた男の動きが鈍る。攻撃の衝動が乱れ、力が抜けていく。
そして、倒れた。
ユイナは静かに歩み寄り、男のマスクに手を伸ばす。
感情も、正義も、敵意も見えすぎるこの目で、彼女は一つだけ確かに言えた。
この男の仮面は、虚構の塊だったと。
彼女の手の中でマスクは崩れ、光となって吸い込まれていく。
これが、彼女の最初の「回収」だった。
そして、そのとき彼女はすでに――
自分が何か大きな流れの中に踏み込んでしまったことを、うっすらと感じ始めていた。