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21XX年 7月 26日 天気不明
今日私に課せられた最後の使命である人型殺戮兵器を起動した。本当はこのアンドロイドで他国を討ち滅ぼすはずだったがその他国すら今はいない。何より私が起動したこのアンドロイドに誰かを殺める機能は搭載されていない。私以外の研究員が消えてこのプロジェクトの指導権は私が握っているのだからこの娘をどうしようが私の責任なのだ。私は残された余生をこの娘と共に生きることにした。型式番号で呼ぶのは情がないので名前を与えた。名前は『マナ』私の実の娘の名前を彼女にもつけた。私の心の穴を埋めるというエゴのために……。
偶然にもこの日は”本当のマナ”の誕生日と同じ日だった事を名をつけてから思い出した。
21XX年 8月 9日 天気不明
彼女が起きてからは私の指示に従うだけのいわゆるお手伝いロボットに過ぎなかったのだが、この日珍しく彼女から質問をいくつかされた。その中で彼女は『世界』について知りたがっていた。というのもこれは最終的に行き着いた結論のようなもの。最初の質問は、私達の生活範囲が何故地下なのか?という彼女の中で生まれた素朴な疑問だったのだろう。この頃には私も彼女に対し情が生まれ、心を許していた。その疑問を解消するためにこの日は地下空間を案内することに。
元々この施設は彼女に人の心を学んでもらい、その学んだ人の心をどうすれば砕けるのかを会得してもらうためだけに作られた施設と言っても過言ではない。そのため、彼女に様々な刺激を与えるものが多く存在した。その中で私は命の尊さを教えるため、植物室と書斎に足を運び彼女の思考をより人に近づけようと考えた。
まず最初に訪れたのは植物室。ここで少し意地悪な質問を彼女に問いかけた。理由は単純で、答えを導き出すということを学んで欲しかったのだ。その思惑通り彼女は『考える』ということを学んだ。この時出した問の答えはすぐには明かさなかった。その後に話すものに繋げたかったからだ。
では、その繋げたかった話とは何か?それが、この世界についてということだった。その話をする前に私のちょっとした持論を展開させてもらった。恐らく彼女には響いてないだろう。私の独り言で終わったと思う。しかし、私の予想を彼女は超えた。
世界の話をしたあと私は彼女の生誕について少しだけ語った。そこで、彼女の名前の由来も話した。自身の娘の名前を与えた、と。きっとその時の私の姿は哀れなものだったのだろう。彼女は少しの間の後自分の口から言葉を紡ぎ始めた。その内容は私を慰めるようなそんな言葉だった。驚きと嬉しさがその時溢れ出てきた。
人類の夢であったアンドロイドに感情が芽生えるということ。もちろん賛否はあった。機械が感情を持った時人を襲うのではないか?それが原因で人類が滅ぶかもしれない、支配されるかもしれないと危惧していたが、そんなことが起きるまもなく人類同時が醜く争って勝手に滅んでいった。私はアンドロイドに感情が芽生えることに対して恐怖はなくむしろ、喜びを感じていた側の人間だ。こちらの言葉を理解し、言葉通りに動いてくれるなら世界がより豊かになるからだ。私の望んだその感情を持つアンドロイドが今生誕したのだ。それに対する喜びと、感情を手に入れて最初に起こした行動が今の私に対して慰めるという行動をしたという驚き。もし、この感情を手に入れる瞬間が今と違ったら起こした行動もきっと違ったのだろう。
本来通りの予定ならこの子は殺戮兵器になっていた。その道をたどっていた時に感情が芽生えたらきっとこの子は人を殺めることに対して躊躇のない無機物な兵器でなく、人の心が弱まった瞬間を狙えるほどのアサシンにもなれたと考えると当時反対していた人々の考えも理解ができた。でも、今は自分の持っていた考え含めそれらを否定できる。結局のところアンドロイドが良い行いをするもしないもそのアンドロイドが**『誰に何を教えられたか』**というところの差でしかない。人がそうであるように、人に近しい彼女も結局生まれ育った環境によって持つ感情も変わるもんだと今はそう納得してる。
私にとって彼女はもう娘に等しい。なら、この子がどう生きるのかの道標は私がある程度立ててあげないといけない。この子には私を除く人々が期待していた殺戮兵器ではなく、一人の人として考えてあげないといけないのだ。そのためなら残り僅かな私の命も彼女のために捧げられるだろう。
21XX年 8月 30日 天気不明
彼女が感情を手に入れてより自分の事に興味が湧いたのか、彼女は書斎にいることが増えた。よほど嬉しかったんだろう。彼女を見てると当時5歳ほどのマナの姿が重なる時がある。目に映る全てが新しく、発見に溢れる日々。彼女もまた感情を手に入れて、物語を読みその話から喜怒哀楽を読み取って悲しんだり怒ったり喜んだり、見てる私はとても幸せだった。こんな荒んだ光が灯らない世界に彼女が現れたおかげで私の周りだけだが、人生の灯火がポウっと灯された気がした。
この時にはもうやることは無い。私の最初の目的であった彼女を起動すること、それを成し遂げすぐに感情を手に入れて、あと手に入れさせてあげるべきものは心くらいだがそれはもう叶わぬものだと思っている。けど、それでいい。今の幸せを崩してまでカノジョをより人に近づけさせるのは違うというのは誰でもわかる。私も幸せだが、きっと私より幸せを感じているのは彼女の方だ。彼女の幸せを壊して心を手に入れるのはきっとそれは私のエゴになる。もう、私のエゴはあの時で終わりだ。これからは彼女のために生きる、それが今の私に出来ることであり、目標でもある。いつからか私の考え方は彼女中心になっていたみたいだ。だが、それでいい。それがいい。
とは言え、あまりにやることが無くなった私はふと昔を思い出してある提案を彼女に投げかけた。それは、小説を書くということ。もちろん素人ではあるし、長編の小説をいきなり書くのはハードルが高いので、短編物を少しづつ書いていこうと思うと彼女に告げると彼女は『私が世界で一人の読者になります』と話してくれた。小説に限らず、創作物は読み手が居て始めて成り立つものだと私は認識している。提案した時は別に読み手がいるいない関係なくただ私の退屈という心の穴を埋めるためのものだったが、彼女が読み手になってくれるという提案を受けそこで再度確認できた。私は一人ではないと。
それからぱっと思いついた話を文字にして書出して試しに彼女に読んでもらった。感想の程は正直言って私よりも語彙があって驚いた。どんな評価でもそれを受け入れようと思っていたが、こちらが想定していたのはいわゆる小さな子が話す評価『良かった』『あんまりピンと来ない』くらいのものだと思っていたのだが、飛んできた言葉はしっかり具体的で作品そのものを評価してるだけでなく、私自身つまり作者の意図も彼女なりになんとなくだが『答え』を導き出していたことに驚きを隠せなかった。思いつきで始めたこの物書きだが、もう少し続けてもいいものかもしれないとここでそう感じれた。
21XX年 11月 2日 天気不明
今日は彼女に内緒でとある場所に行ってきた。彼女が目覚めてから口を酸っぱくして言い聞かせてきたひとつのこと。『この扉の先には入っては行けない』という私達の中で作ったルール。その先に私は行ってきた。理由は色々あるが、一番はやはりもう一度陽の光が当たるあの地上で生活を送りたいというのが本音だ。私がそこで暮らしたいのもあるが、マナに地上がどんなところかを見せたかった。人の愚かな行いの上に起きた人為的な地獄、その光景を見て彼女に学んで欲しいのだ。本当の平和とは何かということを。
これは私の持論になるが、人は対等な関係になる事さえあれば手を取り合えるということ。お互い同じ状況下なら争い合うほど不毛なことはない。今の世界で言えばお互い失うものは無いからこそ、手を取り合い自分達が暮らしていくための衣食住を用意出来るはず。ここで見えてくることがある。
全てを失わなければ人は分かち合えないということだ。物質的に豊かになれば欲が生まれ争いが始まる。逆に物質的に貧しければ今を生きるのに必死になり、他者を陥れる暇もない。この物質的に貧しいという状況が人類にとって1番の平和だと私は認識している。きっと私のこの考えに反対を示すものもいるはずだ。ならばその人達に問いたい。君達の思う1番の平和はどんな世界だ?と。反対意見として私の提示した『お互い同じ状況下なら争い合うほど不毛なことはない』という言葉を使うだろう。理想を掲げる反対意見者は私の出した例の反対を行く。貧しければ手を貸し合うのならば豊かになればさらに手を貸し合うのでは?答えはNoだ。理由は単純で、今起きてる事象がその答えだということ。豊かさを覚えた人類は今に満足せずその先を見てしまう。言葉だけで言えば響きはいいが、これが国という規模になるとどうなるか?その答えが戦争によって領土を奪い、奪った領土を私腹のために使うというところに繋がる。つまり豊かな状況で他国と手を取り合うということはただの理想なのだ。
今話したこの事実を彼女に学んで欲しい。人がどれほど愚かで世界のがん細胞と言われる由縁だということ。それを知った上でもう一度考えて欲しい。人が滅んで正解か否か。探求意欲の高い彼女ならきっとその辺を自力で考えて答えを導き出すだろう。その答えを私は見れるかどうかは別としてね…。
地上に出向いた。(地上にある寮内を見て回った)その理由は外が今も尚人の暮らせる土地なのかどうかを調べるために来た。と言っても寮の外に出て確かめる、なんてことは出来ないため寮の中から外を眺め様子を観察するしか無かった。恐らく外はまだ人が素肌を晒して歩けるような世界ではないはず。放射線濃度が人体に影響を与えるレベルのはずだからだ。私が外に出れるのはまだまだ先という事になるが、きっとその頃には私の体も持たないだろう。しかし、彼女なら今の環境下でも外には出て行けるはずだ。もし彼女が外に出る機会があるとしたらその時には私がきっと居ない時のはず。そうなったら彼女は路頭に迷うことになる。そうならない為にも私が少しずつでいいから彼女に知識を与えていこう。彼女自身も独学でどんどん知識を得ているが、外に出た時使える知識はきっと本にはそんなに載ってないだろうから。それこそ当時の地形なんか今と昔を比べればどれだけものが無いか見なくても察しがつくほどに。しかし困ったことに外の知識を私が彼女に教えるとなると難しい。何故なら直接話して「外の世界はな…」なんて話してしまえば外に興味を持ち勝手に外に出てしまうかもしれない。もしそうなったら行ったきり戻らない、戻れない片道切符になり得るのだ。知識として伝えたいのは十分にあるがそれを直接伝えるのははばかられる。一体どうしたものか…。
いや、待てよ?外の知識を彼女に直接話して教える以外にも方法はある。私が今趣味で書いている小説達の中に現実の知識を少しずつ織り交ぜていくのはどうだ?あとから見返して分かるように書斎にある本の中からも少し言葉を抜き取っていく事である時ふとその言葉を見た事ある、と感じてさえくれればこちらのもの。外の世界の知識を自然に彼女に伝えることができる。となると、こうしてはいられない。すぐにでもお話を作らなければ。少しでも彼女に学んで欲しいから。いつかきっとこの地下を抜け出し外を旅することになるのだから。もしその時が来たら、この世界のもう一つの真実を彼女に伝えるべきだ。出来れば私の口から、もうそれが叶わないなら生涯最後の作品を書く時に織り交ぜよう。