この作品はいかがでしたか?
42
この作品はいかがでしたか?
42
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
21XX年 一月 一日 天気不明
彼女が目覚めてから初めての年を越した。言っても半年程度だが、彼女が目覚める前の数年と比べれば圧倒的に濃い時間を過ごした。
事実彼女のおかげで私は生きることを決意できたのだから。新年ということでなにか特別なことをしようと考えたが、結局何も思いつかずただの日常がそのまま続いた。そして気づいた。この”日常”が私にとって特別な日であるということ。日常ほど幸せな時間はない、それ以上を望むのは欲深いことこの上ないだろう。この日誌を書いてる時ですらそう思うほどに。
なお、生涯をかけた作品の構想については未だ詳しいことは決まっていない。その日がいつ訪れるか分からないのだからなるべく早く用意しておきたい気持ちがあるがどうだろうか……。
21XX年 4月 17日 天気不明
だいぶ作品を書くのに慣れてきた。この調子ならいずれ長編の物語も書けそうだ。とは言えやはりマナの評価は厳しいものがあったりなかったりと言った感じ。いつか必ず彼女の口からとても面白い作品だと言わせられるものを書き上げたい。
21XX年 6月 6日
久しぶりに日誌を開いた。最後に書いたのはもう何十年前という事実に驚きを隠せない。日誌を書くのを辞めた理由は特になく、ただこの本を無くしてしまったというのが本当のところだ。この何十年何があったのかを一からここに書き記すとまぁ書ききれないので、幾つか選んでここに残しておこう。
まず一つ目は、彼女の進化だ。と、大袈裟に表現したが要は、日誌を書いていた最初期と比べもう彼女はほぼ完璧に人になったというところ。私の見立てでは、彼女のことを知らない人が彼女を見た時百の確率で人間と思うはずだ。開発者である私ですら時折彼女本当は人間なんじゃないのか?と錯覚してしまうほどだから。一つ一つの仕草がそれを思わせる。例えば彼女が本を読む時髪を耳にかけたりするのだが、そんなプログラムはもちろん組んでないので確実に彼女が学び、会得したものである証拠。他にも、私のためにコーヒーを入れて持ってきてくれるのだが、トレイに乗せて持ってくる上にコーヒーに合いそうなちょっとした菓子なんかも置いてくれる。机にその二つを置いたあと、トレイを前に持ち一礼して部屋を出たりするのだが、この一連の流れはメイドと遜色ないのだ。この何十年でこのレベルまで成長したと思うと感慨深いものがある。
二つ目は、生涯をかけた大作の原案が完成したことだ。一応物語を書くときに使う用のノートにその内容を記しているのでここではあえて、その内容を書くのはやめておこうと思う。というのもやはり大作になる予感がするので、彼女に覗き見でもされたらきっと話としての面白さがなくなってしまう。それは私としては大変面白くないので日誌には書かないし、その原案をまとめたノートも隠しておくことにする。もちろんこの何十年彼女が私の書く小説の過程を覗き見したことは無いが、保険はかけておくに越したことはない。
三つ目は、とうとう持病を抑える薬が底を尽きたという話だ。実は私は生まれた時からとある病を背負っていた。簡単に話せば心臓にまつわる病で、興奮したりすると心拍数が上がるのは誰しも同じで大半の人は少し時間を置けば心拍数は元の平常なリズムを刻むのだが、私の場合はそこに至るまでが他の人のだいたい二倍近くかかり、その上呼吸も少ししずらくなるというかなり重めの病で、ほっておくと心臓に多大なる負荷をかけることになり常人よりも早く亡くなるリスクが高くなってしまうものだ。そのリスクを最小限に抑える為の錠剤があったのだが、それが底を尽きた。
自分で言うのもなんだが私は他の人よりも優れているからこの飲み薬を自分で開発しようと思い行動したことはあるが、残念なことにその薬を作り出すための材料はこの地下にはなく、それこそ地上にはこの地下以上に何も無いだろう。そういうこともあり残念ながら私はこの薬が切れたことであとは病と向き合ってゆっくり死の訪れを待つだけとなった。
死が近づいているというのに実のところ恐怖はほとんど感じない。生きとし生けるものの運命(さだめ)と言えど誰しもみな『死』というものに恐怖を覚えるはずだが、私はその恐怖が微塵も湧かない。その違いはおそらく『生』に対して執着があるかないかの違いなんだと思う。実際私は生きることに特別囚われてる訳では無い。元々私はマナを作り上げた後自害しようと思ってたほど生きることに疲れていた。その名残があるからか訪れる死を簡単に受け入れてしまったのかもしれない。恐怖は確かに他の人と比べ圧倒的に薄いがやはり心残りのものもある。それはもちろんマナのことだ。私が先に逝けば彼女はたった一人になってしまう。今の彼女は人と遜色ないほどまでに成長した…そこまで成長したからこそ孤独になる辛さが分かってしまう。もし彼女に『心』が生まれればきっと彼女は病んでしまう。私にとっては自身の死よりそちらの方が辛く苦しいものだ。どれだけ彼女のことを心配し嘆いても『死』の運命からは逃れることは出来ない。だから私はこの事を彼女に内緒にしようと思う。彼女に告げればきっと悲しい顔をする。そんな顔は私は見たくない。彼女にはただいつも通り笑顔で過ごしていて欲しい。私の願いはそれだけ、私は彼女の目に入らぬところでひっそりとその息を引き取ればいい。それが私の望みで最期のシナリオだ。
21XX年 6月 15日 天気 曇天
まだ動けるうちにもう一度地上の様子を見に行った。案の定『外』はまだ灰色の雲が空を覆い陽の光は見えない。もう何十年と経っているのに晴れる気配はない。恐らくまだ人間が肌を露出したままで外を歩くことは困難なレベルだが、彼女ならその影響はもう受けないだろう。
ここまで生きてきて私はよく考える時間が増えていた。その中で一つの予想を立てた。その予想とは、人類が完全に滅んだとは言いきれないということ。確かに私の暮らしていたこの辺一帯は崩壊し、人はおろか動植物が生きれる環境下ではない。だから私はそこだけで判断を下し、人類が滅んだと思っていた。だが、冷静に考えればそれはあり得ないとわかる。世界各国が戦争を始めたということならともかく恐らくこの戦争は自国と相手国の少なくても2カ国間での争いが予想される。だとしたら最低でもこの国の真裏の国はまだ健在していて人々が暮らしている確率は高い。さらに言えば核による被害が少ない場所も存在してるわけで、そこになら私の他に人がいる可能性だってあるわけだ。もし、被害の少ない場所に人が居るのなら彼女をそこに案内してあげたい。悲しいことに私と彼女の生きる時間は天と地の差がある。だから、先に別れを告げることになるのは私だ。そうすると彼女は一人になってしまう、だが他に人がいるならその人達と共に暮らすことも出来るはずだ。
残りわずかな私の命の灯火を削ってでもこの周囲の地形や地図なんかを見てみよう。そこから彼女が一人で暮らすことの無い場所を見つけ、その道乗りを残しておこう。
21XX年 8月 6日 天気不明
とうとう彼女にバレてしまった。悟られないように気をつけていたが、隠し事はいずれ見つかってしまうものだな。ずっと隠し通していた持病を持っていることが見つかった。やはり、心臓に負荷をかけるようなことをやっているから無理が祟ったのだろう。今日も僅かな可能性にかけて、地上にある寮に出掛け外の空気を綺麗にする方法があると思い探したが、結局何も見つからなかった。歳を重ね、あの長い階段の昇り降りは正直しんどくなっていたが、そんな姿を彼女に見せればきっと過度に心配すると思い平然を装っていたが、そんな階段の昇り降りで肩で息をするという状況を見せるよりも酷い状況を彼女に見せてしまった。
外から帰り自室に戻ったあと少しだけ寝る予定だったが、自分が思うより体は疲れ切っていたようで熟睡してしまっていた。数時間寝たあと自身の大きな咳によって目が覚める。咳をするたびに心臓が締め付けられるような痛みが走り、喉もその咳のせいか中で切れたような感覚がしヒリヒリとした痛みに襲われた。例えるなら、辛いものが喉を通過する時のあのヒリつき具合が伝わりやすいだろうか。そんな喉に負担をかける咳をしていたところを偶然入ってきたマナに見られてしまった。
その後何とか誤魔化そうとしたが、明らかな重体が故にやはり心配されもう調査もすることは出来なくなった。こうなると今後私の出来ることは限られてくる。結果として、私は寝室で基本寝たきりの生活を送ることになることが確定し、いずれ書く予定だった『最期の作品』にと着手することになる。それに着手することになると恐らくこの日誌はもう書くことは無いだろう。
もし、コレをマナが見ることがあるなら一応ここに記しておこうと思う。最期の作品はこの日誌の最後のページに挟んである。私の長編作品で最高の長さと出来栄えだと自負してる。気が向いたらでいいからその作品をぜひ読んでもらいたい。たとえ完結してなくても、そこにかけた思いは確かに本物だから
日誌はここで終わってる。そこから先は真っ白なページが続くばかり。日誌に書かれた通りなら、この日誌の最後のページにあなたが全てをかけて書いたお話がそこにあるはず。
日誌の通り最後のページに厚みのある原稿用紙がざっと見ただけでも五枚以上は重ね折りたたまれ、クリップか何かで束ねられていた。それら全てを回収し、手に取り枚数を確認する。枚数として十二枚程の量で、これだけでもこの作品にかけた熱量は伝わるが、それ以上に彼女の心をグッと動かしたのは、この作品のタイトルだ。
作品タイトルは『終末の世界に咲く一輪の鉄の華』というもの。このタイトルだけで内容は予想出来てしまう。きっとメインとなる人物は彼と自身の二人なんだと…。その作品を見る前に彼女はあの大事な日誌を彼が眠る場所にと運び一緒に眠らせる。彼があちらの世界に持ち込めるかもしれない、自身と彼だけの大切な思い出だから。