テラーノベル
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バルカがグラン本土へ侵攻して、五年。
カンナルの大勝によってグラン軍主力を壊滅させた後も、戦争は終わらなかった。
むしろ――そこからが長かった。
南ナガグツ。
バルカ軍はこの地を転戦しながら、再建されたグラン軍との死闘を繰り返していた。
ある夜。
軍議を終えたバルカは椅子へ深く腰を下ろすと、珍しく疲れたように息を吐いた。
傍らには、マハルとマゴがいる。
「ファービーと戦っているとな。」
二人が顔を上げる。
「老人と盤上で戦っているような気分になる。」
マハルが苦笑した。
「盤上、ですか。」
「ああ。」
バルカは卓上の杯を指先で弄ぶ。
「こちらが一手打てば、奴は二手、三手先に罠を置いている。
攻めれば逃げる。追えば止まる。止まればこちらの補給路を切る。」
「剣を交えているはずなのに、気がつけば盤上の駒にされている。」
マゴが笑った。
「では、マルスは?」
バルカはしばらく黙った。
そして、心底うんざりした顔で答えた。
「……あれは違う。」
杯を置く。
「コロシウムに放り込まれて、
朝から晩まで剣闘士と戦わされているようなものだ。」
マハルが吹き出した。
「そんなに違いますか。」
「違う。」
バルカは即答した。
「ファービーは考える時間を与えてくれない。」
一拍置く。
「マルスは休む時間を与えてくれない。」
二人は顔を見合わせた。
バルカは天幕の天井を見上げる。
「まったく……。」
世界最強と恐れられた男は、深いため息をついた。
「グランという国は、どうしてこうも面倒な男ばかり出てくる。」
マゴは伝令から書簡を受け取ると、その場で封を切った。
目を走らせる。
その顔から、見る見る血の気が引いていった。
「……バルカ。」
「どうした。」
「スパル・ノヴァが……陥落いたしました。」
「何!」
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#戦国時代
眠狂四郎
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#軍師
眠狂四郎
153
バルカが立ち上がった。
「ハスドルバルはどうした。」
返事がない。
「ハスドルバルは!」
「それが……。」
マゴは書簡へもう一度目を落とした。
「五万の兵を率いて、こちらへ向かっているとのことです。」
「……五万?」
バルカの頭の中で、いくつもの情報がぶつかった。
スパル・ノヴァが落ちた。
だが、ハスドルバルの軍は健在。
しかも五万。
ならば、いったい何が起きた。
バルカは書簡を奪うように受け取ると、何度も読み返した。
断片的な報告。
敵軍の動き。
各地に残された味方の兵力。
それらを一つずつ頭の中で組み合わせていく。
やがて、混乱していた思考が静まり始めた。
(……待て。)
(五万がこちらへ来る。)
(ならば、南ナガグツの諸都市に配置した兵を糾合できる。)
指が地図の上を走る。
(まだ戦える。)
(いや――。)
その指が、グラン王都で止まった。
(王都へ行ける。)
スパルーニャの首都を失った。
だが同時に、五万の大軍が自分の手元へ向かっている。
ならば、その五万を使って戦争そのものを終わらせればいい。
グラン王都を落とす。
それですべてがひっくり返る。
バルカの目に、再び光が戻った。
だが――。
一つだけ、どうしても腑に落ちない。
(それにしても……。)
バルカはスパルーニャへ視線を戻した。
(シラクスが落ちたと思えば、今度はスパル・ノヴァか……。)
(しかも、この状況でスパル・ノヴァを一撃で落とした?)
ハスドルバルには十万を超える兵がいた。
マーゴもいる。
ビスコーネもいる。
それらを相手にしながら、敵は首都だけを一撃で奪った。
(誰だ。)
その瞬間だった。
なぜか、一人の男の顔が脳裏に浮かんだ。
いや――男というには、まだ若すぎた。
数年前。
砂漠で兵糧を輸送していたときに出会った、グラン軍の若い将。
少年のような顔で、自分を見つめていた男。
「……まさかな。」
バルカは小さく呟いた。
マゴが振り返る。
「何か?」
「いや。」
バルカは答えなかった。
ただ、遠く離れたスパルーニャを見つめる。
あの少年が何者だったのか。
その名を――。
バルカは、まだ知らなかった。
バルカは地図を睨みながら、ハスドルバルの進軍速度を計算していた。
自分がアルペスを越えた時の日数。
五万という大軍。
兵糧の輸送。
そして、山岳地帯を抜けるために必要な時間。
(合流は、まだ先になる。)
焦る必要はない。
むしろ、その前にやっておかなければならないことがあった。
バルカの指が、南ナガグツの海岸線を滑っていく。
そして、一つの都市で止まった。
タレント。
南ナガグツ最大級の港湾都市。
そして海の向こう――東の大国タラッサ王国へと繋がる重要な港でもある。
(クレイドルは言った。)
(タレントを落とせば、艦隊を派遣すると。)
タレント港を手に入れる。
タラッサ艦隊が入港する。
そこへハスドルバルの五万が到着すれば――。
バルカの頭の中で、戦場の姿が一変した。
これまでグランの海軍力によって封じられていた海路が開く。
兵が来る。
武器が来る。
何より、兵糧が来る。
南ナガグツに分散している味方を糾合し、ハスドルバル軍と合流する。
そして――王都へ進む。
カンナル以来、初めて。
グランという国そのものを滅ぼせるだけの戦力が、自分の手に集まろうとしていた。
それなのに。
バルカは眉をひそめた。
(……しかし。)
視線が海を越え、東へ向かう。
(この好機に、なぜ動かぬ。)
グランはカンナルで大敗した。
南部では今なお自分が暴れ続けている。
スパルーニャでは大軍が動き、グラン本土へ向かおうとしている。
これほどの好機は、二度とないかもしれない。
それでも――。
東の大国タラッサは、沈黙したままだった。
バルカにはまだ知る由もなかった。
海の向こうでもまた、
戦っている男のことを
コメント
1件
バルカの視点で描かれる内面がすごく新鮮でした。「ファービーは考える時間、マルスは休む時間を与えてくれない」という対比、あれだけで相手の将帥の個性が浮かび上がって、バルカの疲れまで伝わってきました。スパル・ノヴァ陥落の報を受けて、一瞬混乱しながらもすぐに戦略を立て直す冷静さはさすが。あの若き将が誰なのか、すごく気になります。タラッサの沈黙も不気味で、続きが待ち遠しいです🌷