テラーノベル
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20
―「WaveVibe」1階、玄関ロビー
自動ドアが滑るように両側に開くと、桜は息を切らしながらロビーに飛び込んだ
「サクッ!」
受付カウンターの奥から声が飛んだ、紺色の制服にピンクと紺のストライプネクタイをきりっと締め、一昔前の女優のようなカーリーヘアに小さな帽子を斜めに乗せた奈々が、カウンターを回り込むより先に桜めがけて駆けてきた
「奈々!」
「ああっ!偉い!いい子ね!」
二人はガシッ抱き合った、桜は肩で息をしながら、それでも奈々の背中にしっかりと腕を回した
ゼーッゼーッ・・・
「ジンさ・・・んは?」
「いるわよ!間に合った」
ハァ~!
「よかったぁ~」
桜の全身から力が抜けていくのがわかった、奈々はそんな桜の背中をさすりながら、ふんと鼻を鳴らした
「桜っ!」
「サクちゃん!」
その時、自動ドアが再び勢いよく開いた
「んまぁ?ここ?婿殿の会社って!」
「なんともでかいのう!」
山田旅館のバス組がどやどやとロビーに雪崩れ込んできた、フネを筆頭に、正宗、誠一郎、松吉、米吉、みや江、すず江——七人が一気に押し寄せてくるものだから、広いとはいえウェイブバイブの瀟洒なロビーが、一瞬にして賑やかな別世界になった
ペラペラ・・・
「お初にお目にかかります、山田桜の母でございます、私共は淡路島で旅館を営んでおりまして、これ・・・つまらないものですが、かねてから娘がお世話になりご挨拶の一つも出来ぬまま今に至り、この会社の皆様におかれましては益々のご多幸と繁栄を切に願いまして、今年取れました淡路の初カツオで生産されたおせんべいでございます、故にこの菓子の由来は―」
「は・・・はぁ・・・」
フネが、奈々以外の受付カウンターのお嬢達に深々と頭を下げながら、いつの間に持参したのか大きな風呂敷包みを丁寧に渡していた、受付嬢達は突然のことに目を白黒させながらも、その和服の淑女の気迫に押されてペコペコと頭を下げ返している
「う・・・うちの家族とその親戚とゆかいな仲間達・・・というか・・・」
「ええ?みんな着いてきたの?」
奈々が目を丸くして言った
「私達、みんな婿殿が大好きなの!」
「そうよ!そうよ!婿殿に会いたいの」
みや江すず江も言った
その時ズカズカとこちらに歩いてい来る足音と怒声が飛んだ
「なんだ!なんだ!君達は!」
ロビーに野太い声が響いた、奥の廊下から肩をいからせてやってきたのは、ウェィブ・バイブの経理課の山本経理部長だった、紺色のスーツ、銀縁眼鏡の奥の厳しい目つきに、眉間の深い縦皺、いかにも融通の利かなさそうな顔が、山田旅館の一団をぐるりと見回した、ハッと桜はこの一団を見渡して奈々と目を合わせた
ボソ・・・
「やばい!」
「ゲッ!またややこしいのが来た!」
このままだとみんな会社からつまみ出される!
「関係者以外立ち入り禁止だぞここは!何をしているっっ!!さっさとガードマンを呼べ!ガードマンだっっ!」
ドカーンッ!!
「あ~ら!ごめんなさぁ~い」
山本部長の腰の辺りに奈々のヒップアタックが炸裂した、部長は1メートル見事に吹っ飛び、受付カウンター前の大理石の床を滑って眼鏡がズレた
「あらぁ~!山本部長じゃないですかぁ!大丈夫ですかぁ~?」
奈々はすかさず駆け寄って白い手袋をはめたその手をすっと差し伸べた、カーリーヘアが揺れ、斜めの帽子もちょこんと揺れた
「ささ!私のか弱い手につかまってくださいな、部長!」
か弱いという言葉と、たった今ヒップアタックで1メートル飛ばされた現実が、まったく結びつかなかったが、部長は外れた眼鏡を直しながら、おそるおそる奈々の手を握った
「う・・・うむ・・・あの連中は一体・・・」
部長がヨロヨロと立ち上がりながら山田旅館の一団を探した
「そんなこと、どうでもいいじゃないですかぁ~(はぁと)お会いしたかったんですぅ~」
奈々は部長のネクタイの先をつまむと、人差し指にクルクルと巻きつけながら部長を自分の方へ手繰り寄せ、上目遣いで腰をクネクネする
「実はぁ・・・あたしぃ~部長に大事なおはなしがぁ~」
部長の顔の鼻の下がみるみるうちに伸びた、さっきまでの厳しい表情は消え、代わりになんともだらしのない、デレデレとした表情が浮かび上がってきた
「だ・・・大事な話とは?」
「ここで言わせる気ですかぁ~?いやん、罪な人(はぁと)」
奈々はさらにネクタイをくねくねしながら上目遣いで部長を熱く見つめる、クネクネする奈々と一緒に部長もクネクネし出した
「部長ぉ~はぁ~・・・奈々をご飯に連れてってほしいなぁ~」
「し・・・しかし・・・君ぃ、私には妻も子も・・・」
「そんなこと言ったら奈々泣いちゃう~~」
「うっうぐぐぐ・・・」
ギュッとネクタイが引っ張られ、部長の首が締まった
「わっ!わかった!わかったから・・・い・・・1回だけなら・・・」
「いやぁ~ん!奈々うれしい~!」
次の瞬間、奈々は部長の顔を自分の胸に挟み、ぐりぐり左右に振った、部長の足が宙に浮きかけていた
パクパクッッ
―早く行きなさい!ここは私が引き止めるから!―
奈々は口パクで桜達に支持を出した、 桜は奈々に向かって感謝の思いで深く頷いた、全員が30階行きのエレベーターに駆け込み、ドアが静かに閉まる直前にも部長のくぐもった声と、奈々のワザとらしい笑い声がロビーに響いていた
「あのお友達はすごい技を持っとるの」
はぁ~
「ワシもパフパフしてくれんかのぉ~」
「エロじじぃ・・・」
うっとりと夢見るように宙を見上げる米吉に、フネが音もなく冷たい視線を向けた、桜はエレベーターの壁に背中を預けて小さく息を吸った、全速力で走ってきた足のつま先がジンジン痛む
それぞれの思いを胸に抱えたまま、エレベーターは三十階へ向かって、静かに、しかし確実に上昇していった
コメント
2件
奈々ちゃん最高👍✨️ 奈々ちゃんがいなかったら、この最初の難関突破出来なかったよーー😭ありがとう♡♡ 桜ちゃんと愉快な仲間たち、ジンさん元へ急いでー💨
あぁ間に合った〜😭👍 ロビーで新喜劇やってるみたい🤣 奈々ちゃんありがとうね😭 捨て身で関所を突破させてくれて😢 待たせたねジンさん! すぐ行くよ✨️