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ドアを開けると、窓から差しこんだ夕日がせまくて汚い部屋を照らしていた。
ゴミ袋で埋まる床を進むと、すぐにキッチンが見える。
少し小さめのダイニングテーブルに、カップラーメンの容器とビールの缶が2つ。
夏が近づき気温が上がり始めたため、部屋に散乱したゴミはいっそう不快だった。
そして何よりも、家中に漂う強い悪臭。
その匂いに顔をしかめながら、制服のスカートに汚れがつかないように気をつけて、リビングへ向かう。
取っ手に手をかけ、ドアを開けた。
夕日の光が眩しくて、少し目を細める。
そして、いっぱいの赤に包まれたその部屋を、その部屋の中を、瞳に映した。
無意識に呼吸を止めた。
突然の激臭にじわりと涙が浮かぶ。
夕日に照らされたその奥に黒い影がひとつ。
私よりも背の高い影がひとつ、《《浮いていた》》。
「っ!」
脚が震えた。ガクガクと震えて立っていられなくなって、その場に座り込んだ。
ふと、昨日の光景が勝手に頭の中に蘇る。
変に目が冴えて眠れなくなった真夜中。
水を飲みにキッチンへ向かった私は、そこの扉の隙間からわずかに光が漏れているのに気がついた。
私はその隙間に片目を押し当てた。
テーブルに向かう椅子に座った大きな背中が見えた。くしゃくしゃの灰色のスーツに包まれた痩せた背中が、不規則に揺れている。
「奈緒…っ…奈緒…」
嗚咽まじりのか細い泣き声。
私は思わず目を伏せた。
もう何度も見ているのに、湧き上がってくるいろいろなものを今日も上手く飲み込めない。
はやくベットに戻ろう。
そう思って、扉から離れようとしたとき、
「あぁ、奈緒。会えた。やっと会えた」
その人は突然、嬉しそうに言った。
私は反射的に顔を上げる。
その人は床に膝をつき、抱きしめる、仕草をしていた。
わずかに見えたその顔には、それは優しい優しい笑顔が広がっていた。その微笑みはもう記憶にもないような、消えかけた思い出の中の彼だった。