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柘榴とAI

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#探偵
橘靖竜
5,431
#闇バイト
るしゅ
753
しそね町において、吾妻グループは絶対的な存在だった。
町民の多くが吾妻和志会長を尊敬し、その息子である勇太と勇信も、当然のように知られている。
つまり、多くの人間が勇信という名を知っていた。
そうした意味では、しそね町は東京よりも危険な場所だった。
ただし、ひとつだけ安心材料はある。
成人した勇信の顔を、はっきり知る者はほとんどいないことだ。
メディアに出るのは、常に兄の勇太だった。
加えて勇信は、大人になってからこの地を訪ねたことがない。
危険がないとは言えない。
しかし別荘の出入りさえ慎重にすれば、取り急ぎの居場所としては最悪ではなかった。
ブルースは、仮設フェンスに沿って歩いていた。
遠くにぽつりと明かりが見えた。
近づいてみると、そこにはコンテナオフィスがあった。
下請け業者の従業員たちが常駐する場所だろう。
オフィスへ近づくと、路上に筆記用具や頭痛薬が転がっていた。
「何だこれ?」
ブルースは、血のついた頭痛薬を手に取った。
血は黒く乾きかけている。
ついさっき流れたものではない。
しかし、何日も前のものでもない。
注意深く周囲を確認すると、道路やフェンスにも血痕があった。
飛び散り方からして、誰かが体調不良で吐血したわけではない。
ケンカ。
いや、それだけでは済まない。
ブルースはアクションカメラの録画を止め、ポケットにしまい込んだ。
ベースボールキャップを深くかぶり直し、マスクをつけてコンテナオフィスへ向かう。
コンコンコン――。
扉をノックすると、ひとりの労働者が顔を見せた。
男はブルースを見るなり、怪訝そうな表情を浮かべた。
「あんた、誰だい?」
労働者が勇信を知っているはずはない。
ベースボールキャップとマスク。
安物のスポーツウェア。
そのうえ、東京にいる常務がこんな時間にここへ来るなど、考えもしないだろう。
「あそこのフェンス近くに血がついていましてね。何かあったのでしょうか」
ブルースの問いかけに、労働者の表情が変わった。
「さあ、なんだろうな。俺も知らないよ。野良犬同士が激しくやり合ったんじゃねぇの?」
「これを見てください」
ブルースは血のついた頭痛薬を見せた。
「なんだこれ? よくわかんねぇな……。あんたも、こんなの気にせずさっさと帰りな」
「わからないと言うわりには、ひどく怯えた顔ですね」
「なんだ? あんた、誰だ?」
労働者が鋭い目でブルースを睨むと、さらに後ろから別の男が現れた。
「現場責任者の秋山です。どちら様でしょうか」
30代後半くらいの男だった。
2本の腕は太く、Tシャツの下に隠れた筋肉が容易に想像できる。
ブルースは思わず、秋山と名乗る男を見つめた。
秋山泰泳か。
まさか、うちの下請けをやっていたとはな。
「どちら様でしょうか」
秋山が再び聞いた。
「吾妻建設の者です」
「社員の方ですか。はじめてお会いするようですが」
「東京本社から来ましたので」
「そうですか」
秋山は、帽子とマスクに守られたブルースの目をじっと見た。
「血の状態からして、動物のケンカではないようです。ビスタの前で起きているだけに、事情を知っている方を探していました」
「……こちらの不始末です」
秋山は低い声で言った。
「今、関係者を捜しているところです。明日、こちらから事務所へ伺って説明します。失礼ですが、お名刺を1枚いただけますか」
「名刺は持っていません。今ここで説明してください」
秋山の目が細くなった。
「あなたが吾妻建設の方だという証拠はありますか?」
「そうだよ。あんたが社員さんだって証拠を見せてくれ」
最初に対応した労働者が割り込んだ。
「……堀口ミノル課長」
ブルースがその名を口にすると、労働者の表情が一変した。
「ああうわぁ……」
その狼狽ひとつで、路上の血が誰のものなのか察するには十分だった。
瞬時に怒りが込み上げた。
堀口がどのような罪を犯したとしても、処罰は会社や法律が規定するものだ。
あれほどの血が流れるなど、度を越した暴行があったに違いない。
「まさか、堀口課長に暴行を加えたのですか」
ブルースはこぶしを握りしめた。
「あ……ああうわ」
労働者のひとりが口ごもりながら後退した。
代わりに正面へ立った秋山の表情は変わらなかった。
「私が手を出しました。後ろの従業員は預かり知らぬことです」
「あなたが?」
「はい。現場責任者は私です。ここで起きたことは、すべて私の責任です」
秋山の表情は変わらなかった。
背後の労働者たちだけが、見る見るうちに顔色を失っていった。
「責任を認めるんですね。なぜです?」
「ここで話せる内容ではありません」
秋山は頭を下げた。
「明日の朝、事務所へ伺います。そこで、すべて説明させてください」
「いえ、オフィスに来る必要はありません」
「といいますと?」
「私が指定する場所に来てください。明日、そこで待っています」
ブルースが指定したのは、東京・神宮前にあるグレートコロシアムだった。
2日後、吾妻グループが運営する総合格闘技大会、マーシャルFCのナンバーシリーズが開かれる会場だ。
秋山は、しばらく黙っていた。
「なぜ、そこなんですか」
「あなたには、ふさわしい場所だと思いましたので」
ブルースは静かに言った。
「暴力が何なのか。裁きが何なのか。そこで話しましょう」
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