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アザレアが王宮に住まうのは誕生会の次の日からとなった。何が起こるかわからないので早急に保護したいと言う王宮の意向だった。
誕生会の後、リアトリスは悲壮感漂う顔になっていた。
「お前が宮廷魔導師になると言った時は、そのまま誰とも結婚させずに済むと思ったんだが、私の思惑とは逆方向へことが運んでしまった」
そう言うと、うなだれていた。
カルからは何も持たずに王宮へ来るように言われたが、軽く身の回りの物をまとめる。ベッドに横になり天井に描かれている天使を眺め、しばらくはこの絵ともお別れだとぼんやりしているうちに疲れて眠ってしまった。
翌日朝食の時、お父様に魔石を使ってちょくちょく会いに来るように念押しされているところにシラーがやってくる。
「王宮からお迎えの馬車がきております」
そこで感極まったリアトリスが鼻水をたらして床に手をつき号泣。
「アジャレ、父を忘れんでくれ~」
そこに執事のストックも加わる。
「お嬢様、私はここまでお嬢様の成長を見届け……ぶふぁ、だ、旦那様ぁ」
と膝を床につき、リアトリスの肩を抱きながら号泣し、異様な光景が繰り広げられた。アザレアは冷静に言った。
「落ち着いてください。お嫁に行くわけではないのですよ? 魔石もありますしいつでも会えますわ」
だが、その台詞は逆効果となった。
「お嫁? 嫁入り? う、ぐ、ぐふぁ、アジャレが嫁にぃぃ」
手がつけられない状況になったので、アザレアは二人を放置した。二度と会えないわけでもなく、嫁ぐわけでもないのに、反応がオーバーすぎて頭が痛い。シラーに荷物をお願いしてエントランスへ向う。
エントランスから出ると、門の正面にブラウンの地に金と銀と螺鈿細工のほどこされている、品のよい馬車が止まっていた。
馬車の前に立っている御者が、アザレアの姿を認めるとこちらにお辞儀をし、馬車のドアを開けた。中からカルが降りてくる。カルは馬車の前に立つと言った。
「アザレア・ファン・ケルヘール公爵令嬢、本日は王宮に正式に貴女を迎謁するために参りました」
アザレアはこんなに正式な出迎えとは思っていなかった。その上、この出迎えかたではまるでアザレアがカルより目上か同等の立場のようだと戸惑う。
慌ててカーテシーをし、顔を上げるとカルが面前に立っていた。そして左手を差しのべ微笑む。
「さぁ、アズ、行こう」
アザレアは緊張しつつカルが差しのべた手を取った。この手を取れば、私はケルヘール公爵の娘ではなく、王宮に所属する人間になるのだ。そう思い覚悟を決めた。
馬車に乗車し窓の外を見るとリアトリスがこちらに頭を下げていた。リアトリスのその姿をみて、流石にアザレアも泣きそうになる。
カルがそんなアザレアの手をぎゅっと握った。
御者が馬をムチ打ち、馬車は出発する。するとリアトリスとストックが抱き合って泣きはじめた。その姿はどんどん小さくなっていった。
「ケルヘール公爵は相変わらずだね、君は本当に愛されているんだね。ケルヘール公爵は君に対してはあんな調子だが、物凄いやり手で厳しい人間だ」
アザレアは、リアトリスの外からの評価は知っていた。
「私も、お父様の政治的采配や領主としての手腕について、噂話は耳にしていて心から尊敬しております」
それを聞いて、カルは頷く。
「それも確かにそうだね。父上もケルヘール公爵を頼りにしているところが多分にある。だけど僕が言っているのはその側面だけではなくてね」
そして、しばらく逡巡したのち、苦笑しながら話を続ける。
「君が寝込んでしまっている間、ケルヘール公爵は大激怒した『王宮で倒れたのは王太子殿下に責任があるのではないか』ってね。おかげでしばらくは会わせてもらえなかったよ」
その瞬間、思い付いたことがあった。
「もしかして私が寝込んでいた間、お見舞いに来て下さったんですの?」
カルは困った顔になった。
「もちろん行ったよ、毎日ね。だが、会わせてもらえないどころか、ケルヘール公爵からは『来なかったことにする』と言われてしまってね。自分への罰だと思って君には言わずにいた。だが、私がお見舞いにも来ないような無慈悲な人間だと思われても困るしね。この前やっとケルヘール公爵に『アザレから訊かれたら話しても良い』という許可をもらった」
そして、微笑む。
「実は君のお陰で、君のお父上に認めてもらえる出来事があったんだ」
そこで馬車が王宮へ到着したので、話が中断された。馬車のドアが開き、カルのエスコートで馬車から降りると、赤い絨毯が敷かれているのに気がついた。
驚き、顔を上げると更に驚くべき光景が広がっていた。門扉から王宮の入り口までズラリとメイドや、庭師から挙げ句コックまでもが頭を下げて並んでいる。思わずカルの顔を見た。カルは微笑むと言う。
「みんな歓迎していてね、自分達から準備して、並びたいと言ったのだよ。君の差し入れを食べたり、優しく話しかけられたりしたものたちだ。爵位が高いものは、使用人を人間扱いしないものが多い。だが、その点君は違っていたからね」
アザレアは困惑気味に言う。
「でも、私が王宮で倒れた日、使用人たちが『何度も通ってしつこい令嬢』と言っていたのを聞いたのですが」
カルは驚いた顔をした。
「まさか、それは本当に君のこと? みんな君のことだけは閣下と呼んで敬愛しているし、私の耳には『今日も美しい閣下が、優しく微笑んでくださった』とかそんな話しか聞こえてこないが。そんなこと言うとは信じられないな」
そして、少し思案したのち言った。
「あの日は、君の来る直前に突然コシヌルイ公爵令嬢が謁見に来た。忙しくて断ったんだが、きっと彼女のことだろうな」
そう言うと、カルはアザレアの手を引いて歩きだす。カルのエスコートで絨毯の上をゆっくり歩いていると、感極まったのか叫んでいる使用人達がいた。
「お待ちしておりました!」
「感激です!」
アザレアは平静を装って手を振って答えた。
なんとか王宮の前までたどり着く。使用人が両開きの扉を開け、王宮内に入るとカルがあるメイドに目配せした。するとそのメイドが一歩前にでた。
「アズ、君にはシラーと言う侍女もいるが、王宮で生活してもらう手前、もう一人王宮側からも侍女をつけるよ。彼女だ」
そう言ってそのメイドを見た。
「ミレーヌだ。彼女は信頼できる血筋だから心配ない。ミレーヌ挨拶を」
ミレーヌは一礼する。
「ミレーヌともうします。閣下にお仕えできること、至極光栄に思っております。誠心誠意つくしますのでよぼ、よろひくお願いいたします」
噛んだ。緊張しているのだろう。金髪、碧眼で、物凄くクールに見えるがそうでもないらしい。噛んでしまったことを大袈裟にミスととらえられる前にアザレアは素早く言った。
「よろしく。では早速部屋まで案内をお願いします」
ミレーヌは深く一礼した。アザレアはカルに視線を移す。
「疲れたので少し部屋で休みますわ」
カルは熱のこもった目でアザレアを見つめていたが我に返る。
「王宮は君も不馴れだろう? 僕も一緒に行くよ」
そして、一緒に歩きだした。