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萩原なちち
あ、今、最後の方で目を逸らしたな。それは本心じゃないのか、それとも俺と行くのが気まずいからなのか……。断った理由が、単に「人混みが嫌い」っていう言葉通りのものならいいんだけど。
「最近、りゅうせいのやつ付き合い悪いっすよね」
いっちゃんが、去っていくりゅうせいの背中を見ながら呟いた。
「あ、なんか最近仲良しの女の子いるよね? 受付の……」
「カレンちゃん! 確かによく喋ってんの見るわ」
だいきの発言にいっちゃんが即座に反応する。
「……りゅうせい、モテるからね。前、社内にファンクラブとかあったよね?」
「そうそう。りゅうせい優しいからさ、タダで写真撮らせてたんだよ。そこに俺が『撮影料払えよ!』って詰め寄ったら壊滅したけどね、ファンクラブ」
ははは、と笑っているが、だいきは時々さらっと怖いことを言う。こいつを敵に回したらマジで終わりだ。特に金関係はシビアそうだし、何かあったら今まで奢ってもらった分をきっちり全額回収しにきそうで恐ろしい。
「言ってる側からカレンちゃんだ。かあわいい~!」
「声裏返ってるいっちゃん、かあわいい~」
だいき、いっちゃんにバレるからマジでやめろって。いっちゃんはまだ、だいきが男好きだって知らないんだから。変な誤解を招いて縁を切られたりしたら、目も当てられないぞ。
「あ……」
視線の先で、りゅうせいがカレンちゃんと親しげに笑い合っているのが見えた。
「あ~、りゅうせいだ。いつきくん、大丈夫っすか?」
なっちゃんが、どこか探るような目で俺を見てくる。
「何がだよ」
「大丈夫、いつきくんには俺がいるもんねぇ?」
だいきがわざとらしく俺の腕に絡みついてくる。
「はぁ?! 俺もいますけど!」
なぜかいっちゃんまで参戦してきて、俺の両腕はガッチリとホールドされた。
「なんでいっちゃんまで……。二人とも引っ張るなって、マジで痛い!」
最近、ジムで鍛えすぎなんだよ。筋肉の圧がすごいから加減してくれ。
「あ! 俺さ、祭り用に浴衣買っていい?! いつきくんもいっちゃんも、絶対浴衣似合うと思うんだよ!」
だいきが名案だと言わんばかりに目を輝かせる。
「え、俺、浴衣着たいっす! 憧れてたんすよね、そういうの!」
「いやいや。流石にそこまで金使わせられないだろ」
俺が制止するが、だいきは聞く耳を持たない。
「いや、これは俺の、いわば趣味だから。その代わり、写真いっぱい撮らせてね?」
「……撮影料、とりますよ?」
いっちゃんがニヤリと笑う。
「え、祭り代も浴衣代も俺持ちなのに?!」
「それとこれとは話が別でしょ。壊滅させますよ?」
「何を?!」
「……ふふ、ほんとバカだな、お前ら」
ゲラゲラと大笑いして、心が少しだけ軽くなる。本当に、こいつらといるのは楽しい。
けれど、ふとした瞬間に思ってしまう。前みたいに、ここにりゅうせいもいて、一緒に笑い合えたら良かったのに、と。
それでも、これでいいんだ。
あの楽しかった時間を、俺自身の不甲斐なさと嘘で壊してしまったんだから。俺には結局、あいつを幸せにする覚悟も、繋ぎ止める術も、持てなかったんだから。
「……なんで俺も誘ってくれなかったんすか?」
月曜の朝、俺たちの浴衣姿の写真を見返していたりゅうせいが、今にも泣き出しそうな声で訴えてきた。
「は?! いつきくん、ちゃんとりゅうせいのことも誘ってくれたじゃん」
「ほんとだよ。人混みがダメだって断ったのはりゅうせいの方だからね?」
だいきといっちゃんが呆れたようにツッコミを入れる。リンゴ飴や綿菓子を手に、大人がこれでもかとはしゃいでいる写真を見せつけられれば、そりゃ後悔もするだろう。
「浴衣着るなんて聞いてない!! だったら俺も行きました!!」
「りゅうせいはいつきくんの浴衣姿を、生で見たかっただけだろ?」
いっちゃんの意地悪な指摘に、りゅうせいは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
……ふふ、良かった。あいつの「俺のこと好き」は、まだ健在だったんだな。彼女ができた(らしい)と聞いても、まだこうして俺のことで一喜一憂してくれる。それだけで、俺の乾いた心が少しだけ満たされるのを感じていた。
「来年は一緒に行こうな。だいきがりゅうせいの分の浴衣も買ってくれるってさ」
「りゅうせいかぁ……。ちょっと考えとくわ」
「そこ、二つ返事じゃないんすか?!」
不服そうなりゅうせいだけど、俺にはわかる。だいきは一緒に行くのを渋っているわけじゃない。今、頭の中でりゅうせいにどんな色と柄の浴衣が似合うか、猛スピードでシミュレーションしているだけだ。
「……来年は、一緒に行きます。多分、大丈夫だと思うんで」
俺にだけ聞こえるような小さな声で、りゅうせいが返してくれた。
……ああ、やっぱり。俺がいるから、気まずくて断ったんだな。
俺がりゅうせいの「楽しむ場所」を奪ってしまった罪悪感と、まだ好意を向けてもらえる嬉しさ。そして来年には、彼が完全に俺を諦めてしまっているかもしれないという寂しさ。
いろんな感情が混ざり合って、もう、どんな顔をしていいかわからなくなる。
「……よかったら、彼女も一緒に」
「え?」
バカだ、俺。こんな嫉妬まじりの提案をしたって、どうしようもないのに。受け入れなかったのは俺の方で、全部自業自得なのに。
「……そうっすね。そうします」
ニコッと笑ったりゅうせいの瞳の奥が、今はもう読めない。
そうだよな。彼女がいるなら、俺への執着なんてただの未練か、あるいは「エロい浴衣姿が見たかった」程度の冗談なんだろう。
「……もう、なんでもいいよ……」
考えるのを放棄して、俺はデスクに突っ伏した。
恋ってこんなにしんどかったっけ? これがずっと続くのか? 「寄り添っていければいい」なんて、どの口が言ったんだ。本当は、手に入れたくて、独占したくて仕方なくなっているくせに。
「どうしたの?! いつきくん!! 気ぃ失ってるじゃん!」
「救急車、呼んだ方がいいっすか?!」
「大丈夫! 俺、人工呼吸できるから!」
「やだよ! 誰かだいきくんを止めて!!」
俺の頭の上で、騒がしいコントが始まっている。
……ほんと、誰か病院の先生を呼んできてくれ。そして、俺のこの面倒くさい脳みそを、何も感じない機械と入れ替えてくれないかな。
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