信頼できる人間とは、どういう人間のことをいうのだろうか。
多言しない。嘘をつかない、いつも正義感に溢れている。
色々候補は出るが、僕は、感情を表に出さない人……というのが、信頼できると思った。どれだけ、心の中に野心があっても、黒い感情があっても、目的の為だけに自分を殺せる人間が信用出来ると思っている。勿論、そうやって感情が読み取れないからこそ、こちらが手玉にとられて、転がされているという可能性はあるが。少なくとも、僕にとって、信頼できる人、グランツ・グロリアスさんは、そうではなかった。
策士でありながらも、彼は、護衛騎士という自分の役割を全うしていた。時々見えるエトワール様に対する、黒い感情を見て見ぬ振りすれば、それはもう、信頼における人間だった。人の感情は信頼できない。感情で動く人間は、何処かで矛盾を発生させる。
だからこそ、僕は薄い笑みという仮面をつけて接していた。決して、感情的にならず、感情を見せず。隠し事の多い人間、秘密主義と言われることも度々あったが、何かと信頼は勝ち取ってきた。
けれど、僕が信頼できない、と始めていってきた人もいた。それが、エトワール様だった。出会いは最悪で、僕が彼女に対して、少し感情的に手を叩いてしまったことから始まった。勿論、叩きたかったとか、怒りにまかせて、とかではなかった。混沌に触れたら……聖女というのであれば、聖女が混沌に染まってしまったら。そう考えて、最善の方法をとっただけに過ぎなかった。けれど、それが行きすぎて、勢い余って、痛々しい音を響かせながら、彼女の手を叩く結果となってしまった。それがダメだったのか、他にも何か要因があったかは分からなかったが、エトワール様の信頼を勝ち取るにはかなりの時間を要した。
誠実であろうと、彼女に対しては極力自分を出していこうと思った。彼女は、秘密も隠し事も嫌いなようだったから。けれど、彼女の警戒心は解けなかった。僕の中の信頼できる人間、という概念を打ち壊したのが、エトワール様だった。彼女にとって、信頼できる人間というのは嘘をつかない、自分の感情をしっかりぶつけてくる人だったから。
あわない、と言われればまさにその通りなのだが、そんな彼女に僕も惹かれていった。彼女の真っ直ぐさを好んだ人、惹かれていった人は、僕だけじゃなかったのだ。そうして、僕も彼女を好きな人間の一人になった。
片割れで眠っていた翡翠が、目を覚ました。
「……ぁ」
「……ッ、目覚めましたか。グランツ・グロリアスさん」
「…………ブリリアント卿」
亜麻色の髪は色素が落ちて、少し白っぽくなっていたが、日の光を帯びると少し、金色に輝く。輝きを取り戻すかのように、その見開かれた翡翠の瞳も、光を帯びていった。
前から目を引く人物ではあったけれど、こんなに至近距離で見ると、やはり彼は他の人間とは違うなあ、何て思ってしまう。元が、王族だからか隠せないオーラというか、本当にかすかにしか感じないけれど、他とは違うと見抜けてしまう。だから、ずっと目をかけてきた、気にしてきたのはあった。
探究心というものは抑えられなくて、彼のユニーク魔法にも勿論目を輝かせていた。魔法を斬ることのできる魔法なんて聞いたことがない。ユニーク魔法は、殆ど全てが、聞いたことのないような、その人独自の、特別なものだとは分かっていたけれど、魔法を『斬る』なんていう発想、その他諸々全てに興味がわいた。観察対象として見ているわけでは無かったけれど、それでも、彼の魔法というものには興味を抱かざる終えなかった。彼が、いつも魔法を使わないから、尚更彼の、そのユニーク魔法が気になって仕方がなかったのだ。
勿論だが、人としても非常に興味深く、僕の信頼できる人の定義、枠に収まった人間だったから。
ヘウンデウン教に滅ぼされた王国、ラジエルダ王国の最後の生き残り。第二王子。それが、グランツ・グロリアスさん。ラジエルダ王国の殆ど全ての書物や歴史が葬り去られてしまったことにより、王族の名前も全く残っていなかった。だから、彼がフルネームを名乗っても、誰も気づかなかったのだ。聞き覚えがある……ともならなかったため。違和感に気づけなかった。平民は、セカンドネームを持つ者が少ないから。だが、騎士団に入った、という情報だけ聞けば、平民の中でもいい所からはいったのだろうと、疑うこと何てなかっただろうし。
そんな風に、グランツさんが起きてからも、悶々と考えていれば、彼は、その翡翠の瞳を細めて僕を見た。警戒するようなその瞳は鋭くて、彼らしいと思う。
「ブリリアント卿は……」
「はい」
「何故、俺に優しくするんですか。手当てして、くださっていたんですよね。俺が眠っている間ずっと」
そんな質問。
起きてから、まず、生きていた、何故僕がここにいる、ということよりも先に(それらは、気づいていたからこそ、会えて聞かなかったのかも知れないが)グランツさんはそんな質問を僕に投げた。
何故優しくするか、そんな質問。
(凄く、困る質問ですね……)
僕的には、優しくしているつもりなんて一切無かったから、彼にそんな風に思われていたことが意外で、返答に困ったのだ。
(優しいですかね、僕は……)
自分ではそう思わない。けれど、グランツさんから見たらそう見えると。何とも複雑だった。僕はいつも通り接していただけだったから。けれど、彼からしたら、誰にも頼らず、優しくされてこなかったとしたら……そしたら、この気遣いも、優しい、というものに捉えられるのかも知れないと。
「理由は沢山あります。僕が、個人的に心配していたという理由もありますが、一番はエトワール様ですかね」
「エトワール様……」
「はい。貴方が眠っている間、ほぼ毎日ここを訪れていましたし。貴方が亡くなって一番に悲しむのはエトワール様でしょうから」
本音だ。
グランツさんは、僕の言葉を受けて、目を丸くしていた。信じられないというように、僕に少しの疑いを向けて。
僕は、定期的に来ていて、今日たまたまグランツさんが目を覚ましただけに過ぎなかった。だからこそ、いつも見に来ていたエトワール様の方が、彼を心配していたのでは無いかと思ったのだ。エトワール様は、強い方で、ばっさりと人を切り捨てることもあった。けれど、その事に後悔したり、出も切り替えが早かったりと、別に何も思わず切り捨てることはなかった。人のことを、大事にしている、大切に向き合っている人だと感じていた。そんなエトワール様だからこそ、グランツさんが亡くなって、一番に悲しむのは彼女なのではないかと僕は思った。だって、彼女は、グランツさんの事をとても大事にしていたから。それが、グランツさんに伝わっていたかは兎も角。
(はじめから、愛されていた、という点では彼が一番かも知れませんね)
それだと、何だか負けた気がして、僕は口にしなかった。
そうして、グランツさんはまだ信じられないというように、話を続ける。
「俺が死んだら……彼女は、エトワール様は本当に悲しんでくれるんでしょうか」
「グランツさんには、エトワール様がどう見えているか分かりませんが、少なくとも僕にはそう見えますよ。そうだと思います。彼女は、僕達が思っている以上に頑固で、正義感が強くて……でも、本当に寛大な方なんです。結局は許してしまう」
グランツさんは俯き、何かを考えたあと、顔を上げた。少し諦めの感情が、顔に張り付いているように見えて、彼もまた、僕と同じだと感じた。
「そう、ですか。エトワール様は」
「……話は変わりますが、本当に良かったです。グランツさんが目覚めて」
「ご迷惑、おかけしました」
グランツさんの感謝の気持ちを素直に受け止めつつ、僕は微笑む。笑顔を作るのは癖になってしまっているので許して欲しい。
「貴方も、大概お人好しなんですね」
「僕が、お人好しですか。いわれたことないです」
本当にいわれたことない言葉ばかりだ。
「グランツさんの目には、そう見えるんでしょう。僕が優しいと」
「優しくないんですか」
「さあ、グランツさんがそう見えたのなら、優しいんでしょうね。でも、僕は自分自身は薄情な人間だと思っているので。貴方も、気づいているでしょうけど、よく隠し事しますし、嘘も言葉に幾つも混ぜますから。自分で自分が嫌になるときだってある」
これもまた本音。
嘘と、隠し事ばかりしてきた僕の本音。それを、彼はどんな風にくみ取ってくれたかは分からなかったが、彼は、スッとその翡翠の光で溢れた、目を僕に向ける。
僕は彼が羨ましい。全てを諦めてしまっていた僕とは違って、何処かまだその執着心で、諦めを捨てきれていない、前を向いた彼の目が。僕は微笑ましくて、羨ましい。
「グランツさん?」
「いえ、考え事をしていただけです……やはり、ブリリアント卿は優しいと。そう、改めて思いました」
「そんなに見ないでください。見つめられるのは苦手です」
「はっ……いえ、すみません」
「怒っては無いです。謝らなくても」
「ですが」
何故、そこまで僕のことが気になるのか。こんな風に興味を持ってくれたのは、グランツさんで二人目だった。さすがは、彼女の……エトワール様の護衛といったところか。
「気になるんですよね。僕が、何故グランツさんのことを心配していたか」
「はい。聞く必要も無いことかも知れませんが。俺と、貴方の接点は、考えてもあまりないように感じたので。教えて下さい」
真っ直ぐな目に、その光に少しだけ目が眩んだ。
ああ、羨ましい。
(確かに、接点はないかも知れない。僕の好奇心、僕の興味。でも、僕は……)
小さな黒髪の、僕と同じ瞳を持った男の子を思い出す。もっと寄り添ってあげられたら、弟だって可愛がってあげる事が出来たら、愛情を注いであげることが出来たら。未来は変わっていたのかと、こんなに後悔する必要なかったのかと。そう、僕は……
(重ねているって、あの子への贖罪だって知ったら、怒るかも知れませんね。グランツさんは)
弟であるファウダーへの贖罪、後悔。
あの子と同じ目をした、同じような磨りガラスのような目をした、グランツさんが、僕は放っておけなかった。それが、理由です。
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