皆が、右往左往している頃、守近一家は、相変わらず、だった。
「うーん、守恵子《もりえこ》様。タマは、もう、眠とうございます……」
「あら、タマ、疲れてしまったの?」
稽古事で、守恵子と、組み合っていた若人タマは、くぅーんと、鼻を鳴らすと、床にコロリと、横になる。
姿は、揺らぎ、あっという間に、元の姿、子犬のタマに戻ってしまった。
ついでに、またまた、腹を出したまま、延びきって、グースカと大きな寝息をたて始めた。
「まあまあ、タマったら」
「守恵子、少し、稽古が厳しかったようですねぇ」
「はい、母上、次からは、気を付けます」
「そうね、タマは、まだ、子犬ですもの」
「おやおや、また、鼻ちょうちんを出している。さても、次は、プッと、音が出るかな?」
「あれ、守近様ったら」
「嫌だわ!父上!」
ほほほほほ、ははははは、と、笑い声が流れる。
実に、和やかな一家団欒の時……。などと、言っている、場合かっーーー!!!と、心の中で、忍の一文字を必守している者が、一人。
言わずと知れた、守満《もりみつ》だった。
お守りいたしますと、言いつつ、タマはタマへ戻ってしまい、結局、こちらが、タマを守る始末。
常春《つねはる》、早く戻って来てくれ!いや、上野でも、かまわない!と、守満は、限界を迎えている。
しかし──。
転がるタマの側には、太刀が……。
「父上!」
守満は、つい、叫んでいた。
「うわっ!!守満、いたのかっ!どうした、急に、大きな声をあげて!」
いたのかって……。
最初から、いたでしょう。
「父上、その、太刀、守満が、拝借しても宜しいですか?それで、皆を、お守りします」
「ああ、別に構わないが、おや、太刀だね、こんなところに。あー、タマが、持っていたやつか」
「兄上?ならば、タマに、伺いをたてないと、タマのものですもの」
いや、守恵子や、そーゆー、わけでは、なくてね、部屋の中で、仮に鞘を抜くような事が、あり得るかもしれませんよと、言う、遠回しな、伺いというか、確認事、なのだけれど……。
どうやら、その手の空気を掴むのは、守恵子は、苦手なようで、タマや、タマやと、起こしにかかっている。
「うん、一応、タマの許しは、乞うておいた方が、懸命だねぇ。それ、使うんですけど、なんて、起き上がってきたら、また、厄介だしなあ」
と、ここにも、ズレた事をのたまう御仁が……。
この調子では、武器があろとなかろうと、賊が押し入ったら、一溜りもない。どうにか、自分が、盾にならねばと、守満は、思う。
そこへ……。
何故か、外から、牛の鳴き声が聞こえて来た。
出かけるのは、守近ぐらい。しかし、この様子では、外出する素振りもなく、更に、外出様の、牛車《くるま》を、何らかで、用意しているなら、このように、塀の向こう、大路で、牛が鳴くような事はないはずなのに──。
不自然な、様子に、守満は、もしや、賊の仕業か、と、ドキリとする。