「よおし、若、お前は、ここで、横になっておれ、わかったな?」
髭モジャの、言葉に、モオ~と、牛が鳴いた。
「いやぁ、まいったねぇー、ほんと、こいつ、髭モジャの言う事しか、聞かねぇと、きた」
得心した顔で、新《あらた》が、髭モジャと、若、と、呼ばれる牛を見る。
若は、なに食わぬ様子で、言われるまま、大納言家の屋敷正門前で、横たわった。
大岩のような、牛が、屋敷の入り口を防ぐ形となり、これで、何人たりとも、正面からは、出入りする事は、出来ない状態になってしまった。
「あとの牛は、うちの、若いのが、連れてったから、と……次は
、野次馬集めの為の、騒ぎ、だな」
「おう、すまんのぉ、新よ」
「なあーに、こっちも、楽しませてもらってるって。さて、紗奈《さな》は、どんな手を使ってくるかなぁ、楽しみだ」
「いやぁ、女童子《めどうじ》は、かんかんだったからのぉ。無茶しなければ良いのだが……
」
「大丈夫だろ、しっかり、打ち合わせにも、ついてきてたし、俺の息子を付けている。何より、都大路に出ちまえば、紗奈の右に出る者は、いねぇーからなぁー」
「ありゃ?あの、琵琶法師に担架を切った若衆は、新の、子供だったのか?」
ああと、新は、答える。
「まっ、あいつにしては、上出来だったなぁ」
「いや、上出来も、何も。相手も、すきを突かれて、焦っておったぞ?お陰で、時間稼ぎが出来た訳じゃ」
いやぁ、それにしても、と、新と、髭モジャは、顔を見合わせた。
──時は、一刻《にじかん》ほど前にさかのぼる。
紗奈と、髭モジャは、荷車の影に隠れ、新達のやり取りを見ていた。
「あっ、髭モジャ、あれ!」
「ん!家令《しつじ》殿ではないかっ」
「なっ!!!!」
「しっ!女童子《めどうじ》静かにっ!」
隠れる二人の目は、新達、荷運び衆と、着いた荷の扱いについて、ひと悶着おこしている、大納言家の家令の姿を捉えていた。そして、その側で、仲裁しようと口を挟む、若者の姿も。
「秋時《あきとき》!なんで?!」
「声が大きいぞ!じゃが、ワシも、さすがに、驚いたわ」
「髭モジャ……。これ、どういうこと?」
「とにかく、黙って見ておれ。そのうち、わかるはずじゃ」
新達は、何やら、声を荒らげていた。
それを、見守るように、後ろには、笠を深く被った黒づくめの男──、琵琶法師が、いかにもといった素行の悪るそうな手下であろう、男達を引き連れ、黙って立っている。
「女童子よ、あの黒づくめの男の左隣を見てみろ。色黒の男がいるであろう。あれは、佐賀竹《さがたけ》という男でな。賭博《とば》を仕切っている男なのじゃ。ワシが、検非違使《けびいし》じゃった頃、随時と、手を焼かされた……」
「そんな、素性の、悪い輩の集まりって、やっぱり、賊、ってこと?」
「ああ、そうじゃろう」
「じゃあ、秋時は……??なんで……」
「うーん、あの様子じゃと、家令殿と、グルであって、黒づくめとは、そう、関係なさそうじゃなぁ。では、なぜ、いるのじゃ?」
「うん、うん、そうだよ。なんでだろう」
「そうじゃ、博打じゃ。二人共、佐賀竹の、良いカモになってしもうたか。いや、秋時様、だけ、かもしれのぉ。うーん、そこは、わからんが、やけに、荷を仕切っているということは、やはり、黒づくめ達に、弱みを握られておるのじゃろう」
「だったら、黒づくめの、小判鮫になるでしょ、秋時のことだから」
「いやいや、女童子、荷、じゃよ!黒づくめ達より、秋時様の方が、見かけ的には、信用できるじゃろ?」
「あっそうか。秋時を、荷主って、ことにしているのね。その方が、なんとなく、普通の荷物っぽくなるし……。だから、黒づくめ達は、控えてるんだ」
「おっ?女童子、動きがあったぞ!いつでも、逃げられるように、心づもりしておけ。そして、ワシから、離れるでないぞ」
髭モジャの言うように、話にならんと言い捨てた、新の、脇から、若い男が、したり顔で出てくると、交渉している家令にでも、秋時にでもなく、黒づくめの男へ、遠慮なく近寄って行った。
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