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最終的な結論は出た。
しかし、それでも多少は悩む。そんな貧乏じみた動画をアップして大丈夫だろうか――と。
だからこそ、再度考える。
冷静に。冷静沈着に。
そして、確信。
「うん、大丈夫そうだ。その案でいこう」
きっと、そんな貧乏じみたメッセージを馬鹿にする奴も出てくるかもしれない。
だがしかし、そんな馬鹿正直な所が俺の良いところであり、魅力なんだろう。だから、今の俺にとっては馬鹿にされようがなんだろうが、全く意味をなさない。
それくらいで、俺の信念は揺るがない。
「よし、やるか」
と、俺は動き出した。動画撮影をするために。
とは言っても、別に小難しい準備ではない。
まずはビデオカメラを三脚に取り付ける。それから服を着替え、それなりに髪を整える。これだけだ。
普段は異常な程に腰の重たい俺だが、すぐに行動できる時がある。それは、楽しんでいる時だけに唯一起こる現象に他ならない。
そう、楽しいんだ。楽しみなんだ。どんな結果が出るのか、ワクワクしているんだ。
「よし! さーて、いきますか」
準備を整えると、俺はすぐさま撮影を始めた。
俺は元々、バンドのボーカルを十年近く続けていたので、撮影はもちろんのこと、どんなことでもノープランで話をすることに慣れていた。まあ、アドリブだ。
台本を作らずにライブを観にきてくれた人達の空気を読みながらその場に応じた言葉を選んできた。その努力の賜物だろう。
と、いうわけで撮影スタート。
『えー、皆さん。こんにちは。ボイストレーナーの平良一徳です。今回のこの動画では、皆さんにご報告したいことと、そしてお願いしたいことの二つをお話させていただきます。まずは一つ目。ご報告から。まだ正確な日程は決まっておりませんが、四月下旬頃に、世界的に有名なリチャード・キングというボイストレーナーのレッスンをロサンゼルスまで行って、私自身が受けに行くことにしました。彼のお名前を知っている方もいらっしゃるでしょう。高度なレッスン動画を上げたりもしていましたし。そもそも、僕の今回の動画を今観てくれているということは、歌が上手くなりたいという気持ちからだと思います』
そんな感じで話し始めた俺であるけれど、自分が喋っている内容をしっかりと俯瞰から観察をしている。矛盾はないか。間違えていないか。理路整然と話すことができているか。それらを確認するために。
うん、大丈夫そうだ。続けよう。
『これに至った理由は、あなたに今までよりも更に質の高いレッスンを提供したいからです。私自身がもっと学ばなければ、当然ですがレッスンの質は向上しません。そういった経緯があり、リチャード・キングのレッスンを受けるに至りました』
よしよし、これで伝えたかったことの一つ目は終わりだ。次に移ろう。
『続いて二つ目。これは皆さんにお願いしたいことです。恥を掻くことを承知の上で、正直にお話をさせていただきます。実は、ロサンゼルスにレッスンを受けに行くための費用が全く足りていません。あまりにも生々しい話しなので金額は伏せますが、予想以上に多額な費用がかかることが分かりました』
話しながら改めて思ったけれど、俺、こういうことになるとスゴいな。すらすらと言葉が自然と出てきてしまう。湧いてきてしまう。
『それならば、しっかりお金を貯めてから行けばいいじゃないかと思われてしまうかもしれません。確かにその通りなのです。しかし、もっと学ばなければならないと考えている今の状態で、今まで通りの形でレッスンを続けていくのはさすがにプライドが許さないのです。それであれば、できる限り早く、ロサンゼルスに行くのが得策だと私は考えています。そこで、改めて皆さんに願いしたいことがあります。私をロサンゼルスに、リチャード・キングのレッスンを受けに行かせてください。どうかお願いいたします』
うん、まあ問題ない。それどころか割と説得力を感じるし、筋が通っている。
というわけで、次はキャンペーンについてだ。
『私のお願いは以上になります。そして、ここで特別キャンペーンのお知らせです。四月一日から四月十五日までにレッスンを受けに来てくれた方限定で、私が帰国後、特別に一時間の無料レッスンをサービスさせていただきます。私がリチャード・キングからどの様なレッスンを受けてきたのか、それを私なりに解釈をした上でそれを取り入れ、皆さんといいますか、貴方に伝授します。どうか皆さん、ご協力宜しくお願い致します』
頭を深々と十秒ほど下げ、俺は録画停止ボタンを押した。
「いやー、さすがは俺。ワンテイクで撮り終えられたぜ」
自画自賛である。元々、俺は基本的に撮り直しというのがあまり好きではない。仮に台詞を噛んでしまったとしても、それはごく自然なことであり、『それはそれでいい』と考えているのだ。
また、撮影した動画の確認もあまりしようとはしない。これはバンド時代にボーカルレコーディングで学んだことなのだが、拘りだすと切りがないというのが理由だ。
「よし、後は――」
俺はすぐさま、動画の編集に取りかかった。すぐに終わったけれど。そして、その動画をブログにアップする準備を整えた。文章としても告知記事も書き上げて。というわけで、一時間もせず、無事にブログの投稿が完了した。
これで二本目の竿を垂らす事ができた。
今回のこの動画が多くの人の胸に突き刺さることを願う。
さぁ、釣れてくれ。
「後は待つだけだな」
一段落ついたところで、俺は煙草に火を着けて煙をふかしながら独りごちた。
「成功してくれないと、また他の方法を考えるの面倒くせーからな」