「これ、いとこのお年玉、渡しておいてくれる?」
私は母にポチ袋を渡す。
お財布が痛くなるけれど、私も子供の頃にお年玉をもらっていたから、大人になったらやっていかないと。
年末に文房具店に行って可愛いポチ袋を選んで、一言書いたメッセージカードも入れているけれど、「喜んでくれるかな」と楽しみでもある。
そうしているのは父の影響で、父は毎年お年玉と一緒にメッセージカードをくれた。
今もそのカードはお菓子の缶に入れて、大切にとってある。
私はリビングに入って変わりないかチラッと見てから、母に尋ねた。
「正月料理作ってるの? 夕方まで手伝うよ」
「そう? ありがと」
「お継父さんは?」
「朱里のために注文していた、お寿司を取りにいってるわ」
「そんなんしなくていいのに」
私は笑いながらコートを脱ぎ、ソファの側に丸めてバッグと一緒に置く。
今日は特にお洒落をしているでもなく、ウォームブラウンのタートルネックニットに、ジーンズというカジュアルな格好だ。
なのに、コートを脱ぐとまた亮平がチラッとこちらを見たのが分かった。
……やりづらいなぁ。
「元気だった?」
亮平が声を掛けてきて、私は「うん」と返事をする。
「そっちは?」
「そこそこ。……彼氏できたんだ? どんな人?」
「結婚するつもりだから、その内ちゃんと会わせる」
「ふぅん……」
私は根掘り葉掘り聞かれるのを避けて、そう言っておく。
「会わせる」と言えば、急いで相手の事を気にする必要もなくなるだろう。
それに結婚すると言えば、変な目で見てこなくなるだろうし。
継兄との会話が終わった時、冷蔵庫を開けた母が「やだ~!」と大きな声を上げた。
「どうしたの?」
「椎茸と柚子と……」
言いながら母は慌ててメモを書く。
「買ってきてあげるよ」
「そう? ごめんね。任せたわ」
話していると、亮平がこちらを見て言った。
「じゃあ俺も行こうかな。テレビつまんないし」
「そうしてくれる? ついでにおやつも沢山買ってきていいわよ。お小遣いあげるから、好きな物買ってきなさい」
……母よ。あなたは娘を幾つだと思っているんだ。
私は心の中で突っ込みを入れつつ、亮平と買い物に行かなければならない事態に溜め息をついた。
「軽い買い物だし、一人でいいよ」
「いや、自分で飲むビールとか買いたいし」
「……そう」
母は私と亮平が微妙な関係になっている事に、多分気づいていない。
というか、私が気づかせていない。
母は再婚した事で私に負い目を持っているから、家ではいつも明るく振る舞い、〝理想の母〟を演じようとしていた。
夫の元妻と比べられないように、亮平と美奈歩に少しでも好かれるように、けれど私の事も独りぼっちにしないように、本当に気を遣って過ごしている。
〝上村朱里〟になって十年近く経っているけれど、母はいまだ明るく振る舞い続けていた。
まるで演技していたのが〝地〟になり、定着してしまったかのようだ。
私はそんな母に心配を掛けたくないから、どんながあっても口にしないようにしていた。
痴漢に遭っても言わなかったし、一人暮らしを始めたあと、最寄り駅から家まで誰かにつけられても、決して家族に助けを求めなかった。
昭人にフラれてボロボロになった時も、母から聞かれるまで黙っていた。
その代わり恵には何でも相談し、時には恵の男友達にも協力してもらって防犯対策をしていた。
痴漢やストーカー被害は、本当なら警察に連絡するものだと分かっている。
でも実際に被害がない限り、警察は動いてくれないというし、実家に連絡がいったら嫌だから相談する事ができなかった。
今、亮平と微妙な攻防戦をしているのを聞いても、多分母は兄妹のじゃれつき程度にしか思っていないだろう。
「じゃあ、さっさと行ってくる」
溜め息をついた私は脱いだばかりのコートを着て、マフラーを巻く。
亮平は先に玄関に行き、黒いチェスターコートを羽織り車のキーを手に取っていた。
コメント
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朱里ちゃんずっと自分を隠して、お母さんに心配かけないようにしてきたんだね…恵ちゃんがいてくれてよかった🥺