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──桃色の小さなリボンを櫻子の頭に留めつけ、お浜は、満足そうに頷いた。
「どうだい?櫻子ちゃん」
元々櫻子が使っていた狭い部屋には、金原の屋敷から、あの寝室に置かれていた家具が運ばれていた。
ぎっしりと、洋風の小箪笥らが並び、手狭になりすぎた為、今は櫻子が着替える支度部屋として使っている。
鏡台には、淡い桜色の小紋に袴姿の櫻子が映っていた。
「女学生、とはいえ、櫻子ちゃんは人妻だからねぇ。少し大人っぽく上品にしてみたんだけど、どうだろう?」
女学生の証、髪を束ねてまとめ上げ、後ろの髪はそのまま垂らす、下げ髪を避け、お浜は三つ編みにした髪をまとめる、英吉利《イギリス》結びに結い上げていた。
そのままでは、寂しいからと、小さめのリボンを飾ったと言いながら、手鏡を使い合わせ鏡にし、結い上がった髪を櫻子へ見せている。
「あっ、気に入らなかったかい?やっぱり、髪を垂らした方が良かったかい?」
無言の櫻子に、お浜は、やや、焦りぎみに言った。
「い、いえ、私が、女学生だなんて……。こんなに、立派なお支度まで……」
驚き半分、はにかみ半分、といった所の櫻子に、お浜は、なんだい、なんだい、と、発破をかける。
「この場に及んで、まだ、ぐずぐず言ってくれるのかい?!さあさあ、支度は終わった!急がないと、遅刻しちまうよ!」
遅刻、と言われ、櫻子は、息を飲むと、勢い良く立ち上がり、脇の小箪笥《チェスト》の上に置いてある風呂敷包みを取った。
「そ、そうですね、急がないと!」
櫻子の慌てように、お浜は、クスクス笑っている。
「櫻子ちゃん!これから、今までできなかったことを、たんと、おやりよ!」
……あれから、金原は、寄付の打診と見せかけ、櫻子を受け入れてくれる女学校を探した。
その間、櫻子は、授業について行けるよう、算術などを八代に学んだ。
櫻子は、実際の教本を使った八代の教えで十分だと思ったが、金原が、頑として譲らない。
──お前の女学校へ通う姿を見てみたい──
そう真顔で、金原に迫られては、櫻子も女学校入学という話を受け入れざるを得なく……。
「さ、櫻子ちゃん!急いだ方がいいよ!」
お浜が、柱時計を見ながら言った。
慌てて、二人して廊下へ転がりでたが、さて、玄関まで、曲がりくねった長い廊下が邪魔をする。
「あー!まったく!なんて、広いんだよ!ここは!金原の屋敷と大違いだねぇ。玄関までたどり着くのに、ひと苦労と来たもんだ!」
明日からは、もっと手際よく支度しなきゃ、と、お浜は、ぶつくさ言いつつ、早く早くと、櫻子を急かし、廊下を進む。
やっと見えた玄関では、金原が、所在無さげに、櫻子を待っていた。
「お、遅かったな……」
言う、金原の視線は定まってない。
「なんだよ!キヨシ!照れちゃってまぁ!」
「なっ?!て、照れてなんか!」
「やだねぇ、素直じゃないだからさぁ」
金原を、からかうお浜の側で、櫻子は、草履を履いていた。
「……ちょっと待て、ブーツではないのか?!」
金原が、お浜に食ってかかる。
「お浜、支度は、お前に任せたはずだが、どうゆう領分だ!女学生と言えば、ブーツに決まっているだろう!」
「まったく、何言ってんだか!あのね、櫻子ちゃんは、他の子より、年上なんだよ!ブーツなんて履いたら、安っぽく見えちまうんだよ!ここは、清楚に、キリリと草履で、決まりなんだっ!!」
それ、よくみてごらん、と、お浜に促された金原は、櫻子の立ち姿に目をやった。
小さくまとめた髪、桜色に白く抜かれた網代《あじろ》模様の小紋、そして、紫色の袴の裾からちらりと見える、白い足袋と薄い柿色の草履。
それらは、櫻子の容姿を引き立てるというよりも、内に秘めた、知性のようなものを引き出していた。
つい、櫻子に見惚れている金原の様子に、お浜は、鼻高々になりながら、
「キヨシ!間に合うのかい?!」
早く出かけろと、叱りつける。
「ああ、そうだな。まあ、俺もいるから、多少遅れても、文句は言われんだろうが」
初日だけに、校長へ挨拶の一つぐらいしておくべきと、金原も、櫻子の通学に同行するらしい。
「とはいえ、初日は、肝心だ。やはり、遅れるのは不味いだろう。行くぞ」
言うと、金原は、櫻子の手を取り、玄関の硝子戸を開けた。
そのとたん、何かが、二人めがけて飛んで来る。
「痛てぇっ!」
金原が叫ぶ。
コメント
1件
うわあ、櫻子ちゃんの女学生姿、すごく似合ってそう!お浜さんの「清楚にキリリと草履で決まり」ってセンス、めちゃくちゃ良いですね。金原さんが照れながら櫻子に見惚れちゃう気持ち、すごく分かります。最後の「何かが飛んでくる」で続きが気になりすぎます…!このタイミングでトラブルって、もうドキドキが止まらないです。