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「はい、はい、鬼は外!」
「あい!」
「たまちゃん、おじさんにも、ちょっとやらせてよ」
「ハリトン!おたま!」
玄関の硝子戸を開けると、何故かハリソンとお玉が、争いながら丸いものを金原めがけて投げつけて来た。
足元には、その正体、新聞紙をくしゃくしゃに丸めたものが、散らばっている。
「……ハリソン、なんで、いるんだ?そして、これは、なんの騒ぎだ?!」
金原は、忌々しそうに、足元に転がる新聞紙を蹴った。
「たまちゃんがね、お祝いだってさ、キヨシ」
「ハリトン!たまちゃん、ノー!おたま!」
お玉が、ハリソンに食ってかかる。
「おや!たまちゃん!覚えが良いねぇ。Noって言えたねぇ!」
さっき教えたところなのに、と、ハリソンは、驚いているが、お玉は、不機嫌だった。
「あー、ハリソンさん、お玉は、たま、じゃなくて、お玉と呼べって言いたいんですよ」
ここにいるはずのない、龍が口出ししてくる。
「さすが!龍の兄貴!」
これまた、どういう訳か、ずらりと並んだ、見知らぬ男達が、龍を褒め称え始め、たちまち金原の眉がつり上がった。
「訳のわからんのは、放っておく!櫻子!遅れてしまう。行くぞ」
怒りを抑えつつ、金原は、櫻子をせかした。
「あい!」
金原が、虎が待つ人力車へ進んで行こうとしたところ、お玉が、また、新聞紙を丸めたものを投げつけて来た。
「やめないか!お玉!」
金原に叱られても、お玉は、何のそので、にんまりしている。
「あーー!そういうことか!社長!お玉は、おひねりばらまいてるんですよ!」
龍が、なるほどなるほどと、頷く。それに、続けて、得たいのしれない男達も、さすが、龍の兄貴と、感心しきっている。
「八代!!なんだこれはっ!!」
たまりかね、金原は、八代を呼んだ。
ここのところ、櫻子への教授の為、こちらへ泊まり込んでいた八代は、役目は、終わったと柳原商店へ戻るべく、途中まで人力車に相乗りする予定だった。
てっきり、玄関を出れば、虎が人力車を用意して、八代が待っていると、思っていた矢先の、このとんちんかんな騒ぎ。
忙しい時に、手間をかけてと、金原は、ご機嫌斜めだった。
「まあまあ、社長、落ち着いて。皆、櫻子さんの門出を祝ってるんですから」
お玉は、新聞紙で、あのおひねり擬きを作り、用意していたとか。ハリソンは、ついに、珠子に手を焼いて、帝都で仕事だと、逃げて来ており、ホテル住まいをしているとか。相変わらずの地獄耳で、櫻子の女学校入学を知り、これまた、祝いに現れた。龍は、虎から詳細を聞き、櫻子ちゃんの門出を祝うと、現場の若い衆達を連れて来たということらしい。
つらつらと、現状について報告する八代に、龍が、乗っかった。
「おう!お前ら!あちらが、金原商店の社長夫人、櫻子奥様だ!どうだ!見てみろ!あの、初々しさと、しとやかさを!さあ!女学校への初陣を祝うぜ!」
ここは、一本締、いや、三本締で祝うかと、龍を含め、男達は、言い争っている。
「……櫻子、本当に遅れてしまう、ほっとけ。行くぞ。虎!」
金原は、戸惑う櫻子を引っ張り、人力車へ向かった。
とたんに、おおお!!と、男達の地鳴りのような、どよめきが起こる。
「おやまっ、手なんか繋いで。キヨシ!すっかり、お熱くなったのだねぇ。よかった、よかった」
手を繋いでいる金原と櫻子の姿に騒いでいる男達など、目に入らないかのように、ハリソンは、笑顔を絶やさず、そして、櫻子へ向かって、
「キヨシを頼むよ」
と、言いながら、ぱちんと、目配せした。
おおお!!と、再び、男達が、どよめく。
皆の視線を一身に浴び、恥ずかしさから、櫻子は、俯くが、ハリソンの言葉にドキリとしていた。
──そう、もしかしたら、ハリソンと、金原は……。
ハリソンなりに、金原の事を案じているのでは、と、気がついた櫻子は、さっと、顔を上げ、
「はい、妻として、旦那様をお支えします」
ハリソンを見ると、しっかり答える。
うん、と、ハリソンは頷くが、櫻子を優しく見つめるその瞳は、金原のものと同じに碧く輝いていた。
「言った!言ったよ!櫻子ちゃん!!」
櫻子の、言葉に龍が弾けると同時に、またもや、男達が、おおお!!と、どよめいた。
「……いい加減にしてくれっ!櫻子、お前まで!いちいち、相手にしなくていいんだ!」
遅れてしまうと、金原一人苛立っている。
こうして、すったもんだと言うべきか、良くわからない見送り衆に見守られながら、金原、櫻子の二人は人力車に乗り込んだ。
「うーん、社長。私は、やはり、遠慮しておきます。三人、と、なると、虎も走りが、鈍くなるでしょう」
「え?俺っち大丈夫っす!八代の兄貴!」
そうか、そうか、と、言いつつ、用事を思い出したと八代は、言い捨てて、屋敷の中へ引っ込んでしまう。
「虎!おめぇ、もうちょい、空気読めよ!今日は、やっぱり、二人だろうがっ!」
八代の意図を理解した龍が、虎を叱りつけ、続けて、男達まで、そうだそうだと、虎を非難し始め、場は、ますます、騒然となる。
「いいから、いいから、虎ちゃん!さっさと、行っちゃいなさい!」
ハリソンが、仕切る横で、お玉が、相変わらず、新聞紙で作ったおひねり擬きを投げていた。
「虎、早く行け!朝っぱらから、近所迷惑になるだろうっ!」
あれ、と、ハリソン。まっ!と、櫻子、へぇ、と、龍がそれぞれ、呟く。
「な、なんだ!皆して!」
「いやー!社長から、近所への配慮なんてものを聞くとは!やっぱり、櫻子ちゃんのお陰かっ!」
どうだ、うちの奥様は!と、龍は、男達へ自慢げに言うが、金原は、肩を怒らせ怒鳴り付ける体制に入っている。
「なんか、わかんねぇすっけど、行きますっ!!」
虎が、さっと人力車を引くと、ガタンと人力車が揺れた。櫻子は、思わず隣に座る金原にしがみつく。
「いよっ!ご両人!」
男達から声がかかり、拍手喝采が巻き起こる。
さすがの金原も、これには、恥ずかしげにそわそわし、櫻子は、頬を染め俯いた。
「なんだか、新婚旅行の見送りみたいになっちゃって」
ははは、と、ハリソンが大笑いするなか、二人を乗せた人力車は、走り去って行った。
コメント
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どれだけ騒がしくても、金原さんがちゃんと櫻子さんの手を引いて「行くぞ」って言うところにじーんと来ました。ハリソンの「キヨシを頼むよ」と碧く輝く瞳も印象的で、あの二人の間にある見えない絆がそっと描かれているのが好きです。賑やかな門出、素敵でした。