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殿下の怪訝な顔というものを、初めて見た。
まぁ、あまり接触もなかったのだけど。
そしてその次には、彼は王子らしからず爆笑した。
私があまりに困った様子で、しかも泣きそうになっているものだから……なぜ君が泣きそうなんだ、と言って。
「泣きたいのはこっちだよ。君よりも弱いと分かっていて、無様に挑まされたんだからね」
そう言いながら、大笑いしている。
何かツボにはまったのだろうか。
……泣きたいのは、私で合っているのに。
想像とは違う結果のせいで、推察が完全に的外れだったのだから。
見えているレベルの表示について、知っていることがないかを正直に相談してみようか、と悩む。
殿下は立場的に、転生者により多く接しているようだから。
国民として受け入れるために、何らかの調査をしていたり、色々なデータも持っているはず。
私も転生者だとバレているし、能力について話しても大きな問題はなさそう……。
――だよね?
こんな時に、シェナが居れば……。
結果は変わらなくても、相談したのだという安心感がある。
今日の今に限って、お部屋の片付けの続きをお願いしていた。
一人で決めるのは苦手だし、こういう、作戦と言うか策略というか、先を見通さないといけないことを決めるのは特に。
「うん? 何か悩むような事があるのか? 転生者ならではの事なら、少しは相談に乗れると思うが」
――す、するどい。
……悩んでも仕方が無いし、聞いてしまおう。
もしかしたら、他の転生者も皆、そういうレベル的なものが見えていて転生者あるあるかもしれないし。
「あの~……。私じつは、人の頭の上に、レベルが見えるんです。それは強さの基準なんだと思っていたんですが、当てが外れまして……。何かご存知なら、教えてくださいませんか?」
殿下は真顔のまま、私から視線を逸らさずにわずかに、頭を傾げた。
血迷ったとでも思ったのかもしれない。そんな表情に見えてしまう。
「あっ、あの、私の頭がおかしいとかじゃなくて、ほんとに見えてて……」
「ふむ、それで? 私のレベルはいくつだったんだ?」
――あぁ、そこ答えないとですよね……。
今更、強いと思っていたのに弱かったので、とか言えないよねぇぇぇぇ……。
「あ~……っと。……すぅ。その、なな、じゅう……」
「七十?」
「は、はい。な、七十七でしたっ」
「ほう……他に見た者はどのくらいの数値だった?」
おや、食いついた。
「えっと、第一お――ケホケホ。勇者で四十でした。黒い人も同じくらいで」
あっぶない。第一王子に会ったのは内緒だったのに。
「ふっ。黒い人と呼んでいるのかい? 勇者を称号で呼ぶから、賢者と呼ぶと思ったのに。しかし……うん、そういうことかな? もしかして、陛下も私と同じくらいだったろうか」
陛下は確か、腕の深手を治した時に見たんだった。
「そうです。殿下と同じくらいでした。なので、王族の方は皆さん、かなり強いのかと思っていま――ケホケホ」
――危うい!
ギリギリ言ってない。弱いとは言ってない。
「ハハ……。いや、構わないよ。私も陛下も、一般的な騎士よりも少し出来る、という程度だからね。まぁでも、大体の予想は出来た。きっと合っていると思う」
「えっ? 分かるんですか? このレベルの意味が?」
殿下は肩をすくめて、あまり自分で言うのも恥ずかしいものがあるのだが、と前置きした上で……。
「おそらく、他者に対する優しさだとか甘さだとか、そういうものだろう。私としては、せめて優しさであって欲しいけどね」
――優しさとか、甘さ?
私にはまったく、ピンとこなかった。
「そういう、何かを見抜く力というのは女神の加護だろう。転生者は特殊な力と共に、他者の能力を看破する能力に優れていることが多い。中には君のように、レベル、という言葉をよく使う者も居る」
「そう、なんですか」
少し、ほっとした。
転生者あるある、だったらしいし、私が特別目立ってしまうという代物でもなさそうだったから。
「そしてその女神の加護は……生前、強く願っていたことに起因するらしいよ。君も死の間際か、それとも、ずっと心に想い続けていたことがあるのだろう」
「さ、さすがにお詳しいですね。なんだぁ、最初からお聞きすればよかったです」
――想い続けていたこと、か。
さて、そんなものがあっただろうか。
と、死ぬ前の、あの事故の前に何を想っていたのかと記憶を辿っていると……。
不意に涙がこぼれ落ちた。
何の前触れもなく、それも大粒の、頬に重さを感じるほどの。
そこで一気に、私の感情は崩壊したらしかった。
とめどなくあふれる涙を、どうすることも出来ずに立ち尽くしてしまって……それに、この手は涙を拭おうともしない。
「ど、どうした? 一体何を――」
殿下は、その後の言葉を止めて口をつぐんだ。
|憐憫《れんびん》の眼差しと、先に何かを察して、私に言葉を掛けなかった。
その代わりにハンカチを私の頬と、目じりにやさしく当ててくれている。
――あぁ。
思い出した。
どうして、いままですっかりと忘れていたんだろう。
ここに来た当初は、しっかりと覚えていたし、祈りまで捧げていたのに。
――ママ。
――パパ。
大好きな、ママとパパのことを。
仲良し家族と、誰もが羨んだ。
近所のおばちゃんも、商店街のおっちゃんたちも、特別な日に予約して行った、レストランのスタッフの人さえ。
「ぁぁ……わたし……なんて、薄情な……」
なんで、忘れていたんだろう。
たしかに色々と、あったけど。
ありすぎて、本当に毎日いっぱいいっぱいで……。
でも、忘れていたなんて。
「ごめんなさい……。ごめんなさい」
「謝らなくていい。サラ。気をしっかり持つんだ。部屋まで送ろう。さぁ、私の手を取るんだ」
「ごめ……なさ……」
「いいから。――くそ。本当に優しい子なんだな、君は。サラ! 君は混乱していただけだ。気をしっかり持て!」
立ち尽くす私を、殿下は抱え上げた。
「その身に触れたこと、後で詫びるが今は許してくれよ」
私はただただ、悲しくて申し訳なくて、自分が許せなくて――。
悔やんでいるような、悲しそうな顔の殿下を見上げながら、まるでお姫様のように抱きかかえられたまま、与えられた部屋に運ばれた。
「お姉様! 殿下……何をなさったのか。事によっては許さない」
「説明は後だ。ベッドに寝かせたら、ずっと側に、手を握ってついててやるんだ。いいね?」
「一体何が」
「……生前の……転生前のご家族のことを思い出したのだ。ここに来てから、おそらくは色々とあり過ぎて忘れていたんだろう。それを強く気に病んでしまった。なんとか落ち着かせてやりたいのだが」
「それなら、私にお任せください。殿下では無理ですので。部屋にも誰も入れないでください。良いですね」
「わ、わかった……。そのようにしよう」
――私はただ天上を見上げていた。
その会話は耳に入っているものの、自分の愚かさで、それどころではなくて。
涙を流す価値なんて私にはないのに、それが止まってくれないのが、また悔しかった。