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魔王さまの側に居たい。
たくさん甘えたい。
でも……こんな私がお側に居て、いいわけがない。
「お姉様。魔王様の元に戻りましょう」
「だめ……お側に、いられないから」
「そんなわけないじゃないですか、何を言っているんですか。それに今の状態は、半分私のせいのようなものですから」
――どうして?
シェナの言葉の意味が、分からない。
「私の強すぎる怒りが、お姉様に伝わり過ぎたからだと思います。逆に私は、心が平穏でした。その分、お姉様の負担になっていたのです」
「そんなわけ、ないじゃない。シェナが居てくれたから、私は安心して過ごせたんだから」
「お姉様……。とにかく戻ります。嫌がらないでくださいね」
いやだと言っても……そうだった、シェナも転移を使えるから――。
**
魔王さまのお城に連れ戻されて、そして魔王さまに引き渡された。
魔王さまに軽々と抱き上げられて、それが王子にされたのと同じお姫様抱っこだったのが……人間なんかに触れられたことを思い出して、死にたくなった。
私は魔王さまのものなのに、お詫びしなくては。
「すみません……魔王さま、私――」
「何も気にするな。全て不慮のことだ。お前は悪くないから気に病むんじゃない」
――その言葉に甘えても、いいのだろうか。
それでも許しを請いたくて、突き抜けるような高い天井を仰いだ。
お城のエントランスと呼んでいいのだろうか、荘厳でとても広いホールは、巨人が造ったかのような大きさと造形物が並んで――今まで見慣れたはずのそれらにさえ、私はやっぱり、相応しくないのだと申し訳なくなる。
「えらく心が弱っているな。ホームシックみたいなものだろうが……」
「魔王様。お姉様は、ご両親のことをしばらくお忘れだったのを酷く苛まれています」
「なるほどな。ご苦労だった。後は俺が見る」
「シェナ……いかないで」
「お姉様、のちほどに。私が居ては負担になりますから、魔王さまに全てを委ねてください」
その紅い瞳を見るのが、大好きなのに。……行ってしまった。
「サラ。お前は少し熱があるだけだ」
「ねつ……あり、ますか?」
「ああ。そろそろだと思っていた。本来なら、子どものうちにかかるものだが。お前は転生して今の体で生まれて来たからな」
何かの流感だろうか――。
「でも、私は……自分のことが、ゆるせなくて」
「それは後で聞こう。部屋に行くぞ」
**
……魔王さまは私をベッドに寝かせると、御自身はベッドサイドチェアに腰を掛けられた。
そしてしばらく、私の話を聞いてくれた後に、適任者を呼ぶから寝ていろ、と言って部屋を出てしまわれた。
「ひとりに――」
しないで、なんて言えない。
こんな薄情者に、そんな大それたことを言う権利などない。
……でも、追い出さずにいてくださるのは、ここに居てもいいということかもしれない。
それに、出て行くにも……他に行くあてなんてない。
そんな言い訳と、自責の念をぐるぐるとさせながらも、結局私は、都合のいい方になびこうとしているらしい。
これでは、自分を責めるフリをしているだけだ。
情けない。
情けないと思ったら、また涙があふれてくる。これは都合よく自分を慰めるための、いやな涙なのに。
止められない。
ここの人たちは、優しいから。甘えてしまう。
……思い返せば。
魔族の皆はとても優しくて、とてもよくしてくれた。
物珍しいからの最初だけじゃなくて、今でも。
夜に帰った時に通路で顔を合わせたら、私が人見知りでおずおずとしていても気さくな挨拶をくれる。
明け方のシャワーでも、夜番明けの皆が覗こうとしつつも、私にあっち行ってと言われるまでの、じゃれ合いを楽しんでいるだけで本気ではなく……。
とにかく、変な例えだとしても、嫌な人がいないということで。
そして、いじわるをする人もいない。
本当に純粋に、人への思いやりや気遣いが皆それぞれの形なのだけど、私にもちゃんと伝わるし、伝えてくれる。
受け止めやすくて分かりやすい形を、皆が習得しているというか。
お爺さんも、お城の何かの番の人も、食堂の人も、皆。全員がそう。
――それなのに、人間は……。
軽薄で、裏切っても平気な顔をしていて、民衆をゴミだの何だのという王族もいて、権力をかさに着て悪行三昧の貴族まで揃っている。
そういえば、ネコを虐殺しようといたぶる人間も潜んでいる。
嫌なものばかりが目についた。
まるで、生前の世界みたいに。
……だから私は忘れていて、そして今になって思い出したんだ。
――忘れたままでいられる方が、良かったかなぁ……。
でも、ママとパパのことは、忘れたくない。
それにやっぱり、私は今、幸せだよって……。
伝えたい――。
届かないとしても。
想いだけでいいから、伝わってほしい。
でないと、ママもパパも、ずっと悲しんでいるだろうから。
そんなの、報われなさ過ぎる。
死んでしまった事実の後、私は意外なことに、楽しく暮らしています。って、伝えたい。
――手紙を書こうか。
と、咄嗟に起き上がってベッドの縁から足を下ろそうと、ちょうど座った体勢になったところで気が付いた。
それをどうやって、異世界から届けるのだろう。
「ばかだなぁ、わたし……」
本当に熱があるらしい。
そんな当たり前のことさえ……。
――混乱しているのね。
「おひさし~、聖女ちゃん。王国で大人気じゃないのよぉ」
――だれ?
誰も居なかったのに、いつの間にかベッドサイドに……ほとんど目の前に立っていた。
「やだ、泣いてるじゃないのよぉ」
とろけるような、甘美な声色。ああ、この人は、サキュバスのお姉さん……。
たしか、イザリスと呼ばれていた人だ。
輝くような白い肌をこれ見よがしにというほど露出していて、つい体に目が行ってしまう。
引き締まった足、ヒラヒラと可愛い紺のプリーツミニスカート、細くて綺麗なウエストラインが見えて、カジュアルな白のキャミソール。谷間がしっかりと見える深い切り込みの。
そして見上げきった後の、どこか淫靡な美人顔。金髪のポニーテールと、青い目にかかる長い前髪がセクシーで……同じ女という生き物だろうかと見惚れてしまう。
でも今日は、黒い翼と尻尾がない。
――隠せるのかな。他はあんまり隠さないのに……。
「ほらぁ、これで涙くらい拭きなさいな。ほれほれ」
そう言ってふわふわの……くしゅくしゅのやわらかな布で拭ってはくれるのだけど、少し強引な感じが絶妙に、顔を押してくる。
「うっ。じ、自分でします……」
「ふふっ。それ、あーげる」
「いえ、洗ってお返ししま――……ぱんつ?」
パッと見ただけでは、一体なんの布切れだろうかと悩むくらいに、一部を除いて全体的に細い布。
真ん中に切れ込みのある、ぱんつ。
――なんてもので人の顔を……。
「フフフフフ、楽し~。男の人は皆、それで喜ぶんだけどぉ。やっぱり女の子は喜ばないかぁ。あ、それ脱ぎたてとかじゃないからぁ。たぶん?」
――たぶんとは?
滅茶苦茶気になって、その短いヒラヒラのミニを覗き込んでしまった。
「アハ。見ちゃダメぇ。恥ずかしいのは恥ずかしいんだから。でも……ちゃんと履いてるわよぉ、ほら」
絶妙にいやらしく、けれど健全でもあるようなないような、とにかく目が釘付けになるようにミニスカの横裾を指でつまんで、ゆっっっくりと上に、腰が見えるまで持ち上げていく。
……紐パンの結び目が――意外ときっちりと綺麗な蝶々結びが――骨盤の上辺りに掛かっている。
「めっちゃ見てるぅぅ! ウケる~」
「……もう。だって、そうじゃないですか。ぬ、脱ぎたてとか……や、ヤバいでしょ」
あやうく反射的に、匂いを嗅ぐところだった。
変な趣味ではなくて、もしものことなら早く顔を洗いたいから。
「うん。……ふふっ。もう泣かないで。私はこんな風にしか、茶化せないケド」
「あ……」
イザリスさんは、引き込まれるくらいに優しく微笑んでいた。
大きな瞳には慈悲と慈愛が込められているような、その目を細めて……まるで女神様みたいに綺麗な人の、やわらかな――。
――く、くちびる?