テラーノベル
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2人は湖畔を歩いていた。空気はいまだに冷たさを残している。
「今年は冬が長いな。」
ハーロルトがそう呟くと、レイラは小さく肩をすくめた。
「だからこそ春の訪れが嬉しいのかもしれませんね。」
湖面に差し込む陽が柔らかく光る。その光景を二人で静かに眺めた。ハーロルトは少しだけ目を細め、湖を見つめる。戦場で見てきた赤い光景とはあまりにも違う、柔らかい世界だった。レイラは微かに笑みを浮かべ、そっとハーロルトの視線に寄り添う。
「私は、ここから見える景色が好きです。」
足元の小石を踏む音だけが、かすかに響いた。ハーロルトは遠くの山並みに薄い霧がかかるのを目にする。
「……ハーロルト様。」
レイラの声が小さく響いた。その声にハーロルトはゆっくりと顔を向ける。
「私……。」
レイラは一呼吸置き、湖面に映る自分の姿を見つめた。赤くなった指先を握り、静かに視線を上げる。
「私、本当はずっと怖かったんです。」
レイラの言葉に、揺らめきが一瞬止まったかのように感じられた。ハーロルトは黙って彼女の顔を見つめる。冷たい風が頬をかすめるが、二人の間には不思議と温かい空気が漂っていた。
「人質としてここに送られることになったとき、とても怖かったです。しかも屋敷にいるのはギッター党内で“英雄”と呼ばれている方。もう、生きて帰れることはないだろうなと思っていました。」
レイラは言葉を詰まらせ、自分の手を見つめた。指先が微かに震えている。
「でも、ハーロルト様は想像と違いました。優しくて、穏やかな方です。」
「……そんなことはない。」
ハーロルトは静かに言葉を挟んだ。
「私は優しくなんかない。穏やかでもない。戦場では何百人も殺した。命令だからと、自分に言い聞かせて。」
彼の声は風よりも低く、しかしどこか壊れそうに震えていた。レイラは首を横に振った。
「それでも、私は……あなたに出会えてよかったと思っています。」
ハーロルトがわずかに目を見開く。
レイラは小さく息を吐き、心の奥に沈めていた思いを言葉に変えた。その言葉は、雫のように静かに広がっていった。
ハーロルトは少しのあいだ黙り込んだまま、視線を湖の向こうへ投げる。
「……私は、自分が何をしてきたかを忘れることはできない。」
「忘れなくていいと思います。」
レイラはまっすぐに言い切った。ハーロルトの喉がわずかに鳴った。胸の奥が熱くなり、言葉が出てこない。レイラは湖畔に咲いた小さな白い花を見つめ、そっと微笑む。
「怖かった気持ちはもうありません。今はただ、あなたと見るこの景色が大好きなんです。」
その瞬間、温かい風が穏やかに和らぎ、どこか遠くで鳥の声が聞こえた。
「……そうか。」
短い言葉だったが、その声には確かな温もりがあった。二人の影が並んで揺れる。それは、過去の痛みと未来への希望が交わるような、柔らかな光景だった。
コメント
2件
このまま二人は何やかんやで結ばれてハッピーエンドなんですよね? なんですよね???